住環境工事研究会 理事インタビュー|「職人の価値を高める」

株式会社アトリエサンクレーヴ 代表取締役 小池氏インタビュー
内装業界は今、大きな転換期を迎えています。職人不足、技術継承の課題、そして職人の社会的地位向上という三重の課題に直面する中、一人の職人経営者が独自のアプローチで業界に新しい風を吹き込んでいます。
株式会社アトリエサンクレーヴ代表取締役の小池氏は、現場職人から経営者へ、そしてNPO法人の理事へと歩みを進めてきました。「一枚の壁紙から始まる空間づくり」をコンセプトに、デザインから施工まで一気通貫のサービスを提供する同社の取り組みは、業界内外から注目を集めています。
今回のインタビューでは、NPOとの出会いが経営者としての成長にどう影響したのか、そして内装業界の未来をどう描いているのかを深く掘り下げます。

NPOとの運命的な出会い-現場職人が経営者の世界に飛び込んだ日
「なぜ自分たちが?」圧倒された初参加
山口: 内装業の取り組みやNPOに入られたきっかけについてお話を伺います。まず、このNPOをいつ頃知りましたか?
小池: 青木さん(青木広一 氏)に「いいから来てごらん」と誘われたのがきっかけです。何の会だか分からないまま、とりあえず顔を出してみたという感じでした。
山口: そのときの印象は?
小池: まだ法人化もしていない段階なのに、経営者の方々がたくさんいて、なぜ自分たちが呼ばれたのか疑問しかなかったですね。会社経営者の方々に圧倒されて、後ろに立っているだけで終わった感じでした。
山口: 内装業の現場寄りの立場から、突然経営者の団体に放り込まれたわけですね。
小池: そうなんです。なぜ呼ばれたのか理解できず、最初の頃は欠席が多かったです。田村とどちらかが参加したり、二人で行ったりという感じでした。
小池: オブザーバーとして1年間、8割以上出席するという条件があって、どちらかが必ず参加するようにしました。その後、正式に理事になってからは主に田村(田村京子 氏)が出席しています。
山口: 議題が次々と変わる中で、ついていくのは大変だったのでは?
小池: 全く分かりませんでした。最初に参加したときはLLPへの加入について30万円か50万円の拠出金の話をしていて、そんなお金もないので無理ですと。話が飛び飛びで、何を話したのか分からないまま過ぎていく日々でした。

経営者としての目覚め-決算書が読めるようになった日
現場職人から経営者へ-NPOが教えてくれた「お金の話」
山口: 実際に加入されてから、よかったことは何ですか?
小池: それまで現場の職人として、現場単位でのお金の流れ、予算や人件費だけを考えて仕事をしていました。全然儲からないけど、兎に角やるしかないという感覚だけでした。
小池: このNPOで、お金のことや決算書をみんなで共有して議論する中で、最初は理解できませんでしたが、だんだんとお金の流れや経営の仕方が分かるようになりました。全く違う人たちの輪の中にいたことで、経営者としての第一歩を踏み出せたという感覚です。
山口: 入会して意外だったエピソードがあれば教えてください。
小池: 今村さん(今村徳廣 氏)に懇親会で指名されて質問を受けたときのことです。仕事をどう考えているか、どうやっていきたいのかと聞かれて、曖昧な返答をしてしまいました。
小池: すると今村さんに「お前はなぜお金と言わないんだ。職人だろ、お金を稼いでなんぼだろう。腕で稼いできたんだから、なぜお金のことをはっきり言わないのか」と言われました。
小池: それまで、お金儲けをするというのは何となく悪いことのように感じていて、給料や単価のことを人に言わない文化がありました。でも今村さんの言葉で、この会は参加している人たちのことを本気で考えてくれているんだと分かりました。
山口: こういう組織体は「俺が俺が」という集まりになりがちなのに、ちゃんとメンバーのことを考えてくれているのは意外だったと。
小池: そうですね。個人事業主として参加して3年後に法人化を考えたとき、今村さんに相談しました。「会社にしようと思います」と言うと、「お前らはまだ早い。お金のことも経営のことも何も分かってない」と言われました。
小池: でも「お前らが決めたんであればやれ。ただし3年間頑張れ。お前らはスタートが遅いから人の倍勉強しないと会社を潰す。3年間で潰すなよ」と言われました。
小池: 3年後に今村さんに会ったとき、「3年間潰れませんでした」と報告できました。みんなの前で創業を宣言することで、より重みが出たと感じています。この会は本当に見てくれているんだなと。今村さんには感謝しかありません。
山口: 最初は怖いと思っていた印象がガラッと変わったんですね。
小池: そうですね、全く変わりました。
創業の決断と3年間の約束
「お前らはまだ早い」でも「決めたならやれ」
山口: 当初の事務所にNPOの皆さんがいらっしゃったときのエピソードも聞かせてください。
小池: 最初は壁紙を販売しようと思って事務所を借りました。小さな場所でしたが、NPOの方々に事務所オープンの報告をしたところ、まさか皆さんが来てくれるとは思いませんでした。なぜわざわざ来てくれるんだろうと不思議でした。
小池: そのとき今村さんに「3年で潰すなよ」という言葉をいただき、お花もいただいて、皆さんにお祝いしていただいたのが本当に嬉しかったです。
山口: 3年後の報告のとき、今村さんから何か言葉をかけられましたか?
小池: 「よう頑張った」と言っていただきました。その後、社員のことや職人育成について相談に乗ってもらい、いろいろアドバイスをいただきました。
小池: ベトナムに行かせてもらったときには、「お前らが自分で築いたお金でここまで来てくれたのはすごく嬉しい」と言われて、さらに頑張ろうと思いました。
職人の家に生まれて-内装業との運命の出会い
リビングに見本帳棚があった子ども時代
山口: 子どもの時から内装業に触れる機会はありましたか?
小池: 父が内装の仕事を始めたのが私が生まれて直ぐくらいなので、気づいたときには家のリビングに見本帳棚がずらっとある環境でした。見本帳をパラパラめくったり、色を決めているのを見たりしていました。
山口: 職人さんが出入りする環境だったんですか?
小池: 公営団地に住んでいて、家の鍵が常に開いていました。父が仕事から帰る前に、職人さんたちが勝手に上がって飲んでいるような環境でした。大工さん、左官屋さん、植木屋さん、電気屋さんなど、いろんな人が出入りしていました。
山口: それは楽しかったですか?
小池: めちゃくちゃ楽しかったですね。いろんなお土産を持ってきてくれて、刺身やレバ刺しなど、いろんなものを食べられました。「お前も飲め」とジュースを飲んで、「大きくなったら何になるんだ」なんて絡まれながら過ごしていました。
山口: そんな環境で育って、どんな経緯で今の職業を選ばれたんですか?
小池: 高校卒業後、すぐ父の会社に入って職人になろうと思ったんですが、母に「まずは外の釜の飯を食え」と言われて、デパートに就職しました。
小池: アパレルで2年間働いて、売上ランキングでもフロアで5本の指に入るくらいでしたが、これは一生やる仕事じゃないなと思いました。女性が多い職場で、上に立つのも女性ばかり。当時18歳でしたから、若気の至りもあって、違和感を感じていました。
山口: それで父の会社に?
小池: はい。1994年の4月に父の会社に入りました。
山口: 前職にいたときのモヤモヤ感は払拭できましたか?
小池: お金を稼ぐ実感がありました。サラリーマンは売上があっても給料はそんなに変わらない。職人は働けば働くほど、その月の給料が上がる。車も欲しかったので、休みなんていらないから働いて早く車を買おうという感じでした。
小池: 周りの仲間も鳶や大工、電気屋をやっていて、職人になれば給料がよくなるという単純な動機でした。
襖屋から学んだ父の技術-失われゆく伝統
山口: お父様の会社はどんな事業をされていたんですか?
小池: 父は普通のクロス屋で、襖からカーペット、床など、糊をつけて張るものは全てやる人でした。表具屋さんから仕事を教わった世代です。
小池: 建築はやっておらず、リフォーム専門でした。私が入った当時は、東急のリフォーム会社のメインの内装屋として、全部リフォームの仕事をしていました。
山口: リフォームの方が職人の腕が試されますよね。
小池: 襖屋さん系から学んだ父の世代と、量産の塩ビ壁紙だけを張る職人さんとでは、紙の扱いに対する理解が違います。紙の原理が分からないと、和紙などはできなくなってしまう。
小池: 今はアパートの新築だけでも十分食べていけるので、襖を張る機会もなくなりました。襖が張れれば大体何でも張れますが、今のビニール専門の職人さんは、違う仕事が来たら断るんだと思います。できないからやらない。昔は断ったら仕事がなくなりましたから。
山口: 幼少期からの経験が今のお仕事に生きていますか?
小池: 今みたいに優しくない時代でした。親方に頭を引っ叩かれながら育ちました。少しでもやり方を間違えると怒られる。だから必死で仕事を覚えました。
小池: 「職人は見て覚えろ」と言われて見ていると眠くなって、あくびでもしようものなら何か飛んでくる。そんな環境で必死に仕事を覚えました。
父との決別-新しい内装業の形を求めて
どんぶり勘定の職人会社への違和感
山口: お父様の会社から アトリエサンクレーヴ の立ち上げまでは?
小池: 私は長男なので、父の会社の後継ぎとして頑張っていました。でも当時は、10円でも20円でも単価の違いで、いくらでも代わりがいるという時代。安いのが正義でした。
小池: 父は「安く早く綺麗に張るのが正解」という考えで、従業員をたくさん入れて、一人当たり3000円~5000円抜いて親方が儲けるという手法でした。私はそれとは違うことをやりたかったので、意見が合いませんでした。
小池: 私は便器を取り替えたり、水道屋さんを手配したり、面倒な仕事を受けて、他の職人を手配していました。利益は出てきていましたが、父は決算書も見積もりも請求書も一切やらない人で、母親が毎月「支払いが足りない」と言う、典型的な職人会社の自転車操業でした。
小池: 私は、他の職人さんたちが嫌がるような仕事ができる会社にしたかった。「できない」と言うのはカッコ悪い。できるためにいろんな人に電話したり話を聞いたりして、やる努力をする。そういう会社を目指して、積極的にそういう仕事だけをやってきました。
山口: 昔ながらのどんぶり勘定に違和感を覚えて、別の道を進むことになったんですね。
小池: 父の会社を辞めて、田村 (田村京子)と一緒に独立しました。準備万端とはいきませんが、すぐに仕事を始めました。
山口: 当時と今では業界は変わってきていますか?
小池: 先日も店舗関係の社長さんに「昔よりクロス屋さんの地位が上がったよね」と言われました。昔は工程が間に合わなければクロス屋で縮められる、夜遅くまで日曜日もやればいいという業種でした。
小池: 今は「予定があるので無理です」と普通に言えるようになりました。職人が少なくなったからですが、仕事を依頼してくれる方々が丁重に扱ってくれるようになりました。
山口: 現場の価値を上げるために今やられていることは?
小池: うちにしかできないことをやりたいと思っていますが、それだけでは平均的に仕事があるわけではなく、売上が偏ってしまいます。
小池: 今は、設計デザインの方を伸ばしていきたいと考えていますが、それが安定的に入ってくる流れにはまだなっていません。
山口: 個人の専門性と会社組織として動くことの狭間で悩みを抱えていらっしゃるんですね。
アトリエサンクレーヴの挑戦-「一枚の壁紙から始まる空間づくり」
デザインと施工の一体化というコンセプト
山口: 改めて、アトリエサンクレーブのコンセプトについて教えてください。
小池: 「一枚の壁紙から始まる空間づくり」というところから始めました。この業界はコーディネーターと職人が分かれていて、意見が合わないことが多かったので、お客様の思いを形にするのは私たちだし、それを伝えるのは田村なので、一つの組織でできたらいいと考えました。
小池: ただ、どうしていったらいいか迷走している部分もあります。安売りするつもりはないし、安い仕事をたくさん受ける会社にする気もない。お客様の悩み事の解消ができる、ご要望に応える会社にしたいと思っています。
【職人の価値を伝える取り組み】
山口: 輸入壁紙の施工で印象的なエピソードがあったそうですね。
小池: 都内の大きいリフォーム会社から依頼がありました。お客様が購入した輸入壁紙を職人さんが断ったようで、監督さんがずっと腕を組んで、どんな職人が来るのか待ち構えていました。
小池: 作業後、監督さんから「この作業の仕方だとうちの職人ではできない」と言われました。「お願いしてよかったです」と言っていただきましたが、「単価が合わないので、もう二度とお願いすることはないと思います」とも言われました。
小池: こういう需要があるのに、やらない、できないという職人が多い。東京は仕事を断っても成立するくらいあると思います。でも地方の職人さんの方が、できないことに向き合って、いろんな人に電話したり話を聞いたりして、やる努力をしています。
山口: 文化財の金唐紙など、業界内での信頼度は広がっていますが、今後の取り組みは?
小池: 二人でふんわりと、こうしたい、ああしたいと話していますが、正直、具体的には定まっていません。今は日々の仕事をやるしかないという考えになっている部分があります。
小池: 本当は人が沢山いて、職人を育成して、どんな仕事でもこなせる集団にしたい。設計・デザインから施工まで一貫してできる、ここに頼めば安心という会社にしていきたいと思っています。一軒家を建てることはありませんが、内装・設計・デザインのプロでありたいです。
技術の継承と新しい職人像
金唐紙修復で学んだコラボレーションの価値
小池: 金唐紙の修復をやったとき、作り手の上田先生から選ばれた理由は、先生と話しながら作業を進めたからだと思います。
小池: 多くの職人は「この紙はこうしなければダメだ」と自分のやり方を押し通しますが、私は先生にどういう糊の打ち方が理想かを聞きながら、作り手の思いを崩さず、最大限綺麗に見せることを心がけました。
小池: 技術の継承とは、「これはこうしなければダメ」という固定観念ではなく、協調性を持ってできる人が増えれば、もっと自由な発想でいろんなものができると思います。
山口: 正解があるわけではなく、音楽のセッションのようなコラボレーションですね。
小池: そうですね。その方が絶対にいいものができると思います。同じ現場なんてないですから、特定の方法を覚えても通用しない。応用力が大切です。
DIY教室という革命-職人の価値を一般に伝える取り組み
「仕事がなくなる」と反対された新しい試み
山口: 張り方教室を始めたときのエピソードを教えてください。
小池: 最初はWALPAの張り方教室に田村と参加して、なぜこんなことをやっているんだろうと思いながらも、やってみると面白くて我々も始めました。
小池: 周りの職人からは「そんなことをして金になるの?」「仕事がなくなるでしょ」と言われました。張り方を教えに来てと頼んでも断られました。
小池: でも実際にやってみると、参加者の方々が壁紙を貼る大変さを体験して、「職人さんってすごい」「価値がある」と勝手に見出してくれるんです。
小池: 「この1面3万5000円です」と言っても、「そんなに安くていいんですか」と言われる。午前中で終わっても、「こんな値段で貼ってくれるんですね」と。お客様自体が職人を高価値化してくれる経験は今までなかったので、すごく楽しかったです。
内装業界への熱いメッセージ-若い世代へ
チームで戦う時代へ
山口: 最後に、このページを見ている方へメッセージをお願いします。
小池: 今は業界全体が生産性を求めすぎているように感じます。一方で「自分らしい暮らし」というニーズもあります。職人の皆さんには、やったことのないことでもどんどんチャレンジしてほしいです。
小池: 個で戦うよりチームで戦った方がいい。いろんなところで職人同士が力を合わせることができれば、業界全体が盛り上がっていくと思います。楽しそうだなと思って、若い子たちがどんどん増えていけばいいと思います。
小池: 職人のイメージが悪すぎる。叩かれそう、怖い、怒られそう、いじめられそう、そういう世界じゃないんです。家を綺麗にする仕事、お客様が喜んでくれる仕事。そういう楽しい仕事だということを分かってほしいですね。
編集後記
取材を通じて印象的だったのは、小池氏の「職人」と「経営者」という二つの顔を持ちながら、その両方で誠実に向き合おうとする姿勢でした。NPOとの出会いが経営者としての成長をもたらし、今村氏という師との出会いが人生を変えた。そして今、自らが次の世代に何を残せるかを真剣に考えている。この循環こそが、組織の力であり、業界の未来を作る原動力なのだと感じた取材でした。

Author:山口剛
プロフィール
## 活動概要
山梨県出身。家業である壁紙卸売業を継承しながら、壁紙専門店「WALLPAPER STORE」のウェブ編集者として従事。幼少期より壁紙という素材に親しみ、成人後にその真の魅力を認識。「空間を一変させる壁紙の力」に感銘を受け、家業の発展とともにインテリア業界における新たな事業展開を開始した。
「WALLPAPER STORE」においては、壁紙の魅力をより広範囲の顧客層に訴求するため、ウェブサイトおよびSNSを通じた情報発信を担当。DIY愛好家のチームメンバー、ならびに施主の要望と生活様式に寄り添いながらインテリア空間を共創する「ウォールスタイリスト」と連携し、初心者にも取り組みやすいアイデアをブログおよび各種コンテンツを通じて提供している。
## 経歴
1983年、山梨県甲府市生まれ。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)卒業後、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に新卒入社。事業企画部門において、中期経営計画の策定、予算管理、プロジェクトマネジメント等に従事。関連会社の統合、事業譲渡、合弁会社設立等、多岐にわたる企業戦略業務に携わり、豊富な実務経験を蓄積した。
## 個人について
家族との時間を大切にし、週末は息子のサッカー活動に積極的に参加している。また、浦和レッズの熱心なサポーターとして、週末のテレビ観戦を楽しみとしている。