内装業界のDXは実現するのか?

内装業界DX推進の実践記録|地方中小企業が実現した新規事業開発とユーザー中心設計の全プロセス

数十年変わらない商習慣、サプライヤー主導の市場構造、薄利多売による人手不足――内装業界が抱える構造的課題に、地方の一問屋が挑戦する。事業再構築補助金を活用し、ユーザー中心のデジタルサービスを開発。前職での経営経験、適切なパートナー選定、MVP開発とアジャイル手法の実践を通じて、業界変革への道を切り拓く。地方中小企業のDX推進における実践的な知見と、新規事業成功のエッセンスを余すことなく語る。

Table of Contents

プロフィール Profiles

語り手

山口 剛 株式会社遠藤紙店
山口剛

山梨県を拠点に壁紙卸「遠藤紙店」とWALLPAPER STOREを率い、壁紙で暮らしを豊かにするNPO理事。

聞き手

伊藤祐介
伊藤祐介

株式会社ボンセレ代表取締役。内装の現場とWEBマーケをつなぎ、内装業NPOの事務局運営やSEO教育を行うプロデューサー。

構造的課題とDXの本質を言及

内装業界が抱える構造的課題とDXの必要性

山口 問屋業に入ってから、業界におけるDXの必要性をずっと考えてきました。数十年変わらない商習慣――大量の見本帳を配り、長年の慣習通りに品番が決まり、職人が施工して請求・支払いをする――この構造が全く変わらない業界は珍しいと感じています。

伊藤 なるほど。

山口 課題認識としてあるのは、果たしてユーザーファーストな壁紙体験になっているかという点です。現状は経済合理性を追求した結果、安価で施工性の高い壁紙が市場の7割以上を占め、サプライヤー主導の業界構造になっています。

山口 結果として薄利多売の構造が定着し、職人の育成や組織化への投資が進まず、自営業化が進んでいます。人手不足や多忙な状況は、この構造的な問題から来ています。

伊藤 確かに。

山口 本来、壁紙体験の価値を最終的に受け取るのはエンドユーザーです。しかし、本当に施主やエンドユーザーに向き合ったプロダクト開発がされているかは疑問です。ユーザー体験を中心に据えた、プロダクト開発と商流設計の再構築が必要だと考えています。

なぜ内装業界は変化できなかったのか

山口 DX、デジタルトランスフォーメーションとは、デジタルの力で全く異なる状態に変容させることです。単なるIT化や業務改善システムの導入ではなく、業界自体がユーザーに向き合うための根本的な仕組みづくりにチャレンジしたいと考えました。

伊藤 分業にはメリットもありますが、現在の構造は団塊世代が住宅を持ち始めた40〜50年前から変わっていません。他業界では多様化が進んでいる中、なぜこの業界は経済合理性だけで来てしまったのでしょうか。

山口 根本的な原因は、事業者の視点が内向きだったことだと考えています。顧客が何を喜ぶかではなく、自社の成長や売上を最大の成果として捉えてきました。事業のビジョンやミッション、つまり「何のためにやるのか」という大義を失った経営が続いてきた結果ではないでしょうか。

伊藤 それは深刻ですね。

山口 売上や取引量の拡大だけを追求した結果、業界全体が薄利で低品質な構造になり、新規参入を阻む悪循環が生まれています。個々には優秀なコーディネーターやデザイナーが施主に向き合っていますが、それが業界全体の変化には至っていません。

分業構造が生む価格硬直化の問題

伊藤 分業構造では、業界全体で販売価格を上げないと価格転嫁が困難です。最終的にエンドユーザーに販売する人が価格を決めてしまうため、値上げしにくい構造があります。また、分業によって顧客の顔が見えない人が増えることも問題です。

山口 WALPA  の 濱本廣一 氏から「どの商品を買っても1000円の服屋で買いたいと思うか?」と問われ、考えさせられました。しかし内装業界では、それが当たり前になっています。様々な想いや素材、デザインがあるにもかかわらず、一律価格というのは本来ナンセンスです。

伊藤 たしかに不思議な構造ですね。

山口 競争環境が整っていたからこそ、日本が壁紙大国となり、ペイント領域に侵食されずに済んだ面もあります。しかし、それが逆に今の課題となっています。

事業再構築補助金に採択された事業

事業再構築補助金を活用したDX挑戦への道のり

コロナ禍が生んだ変革のチャンス

伊藤 デジタル時代の到来について、どのように考えましたか。

山口 デジタルの力は、商圏を超えることができ、データ分析によって誰が何をどう活用しているかを可視化できます。

山口 きっかけとなったのが事業再構築補助金でした。コロナ禍において、国は日本企業の新規事業実施率がわずか5%という現状に危機感を抱いていました。売上が落ちても既存事業に固執し、変化をためらう中小企業が多い中、強制的に変革を促すための施策でした。

伊藤 時代の転換点だったわけですね。

山口 目先の売上や業績最大化に集中する経営は、高度経済成長期には有効でした。しかし、広告費や将来投資を削減した結果、縮小均衡に陥る企業が増えています。

山口 重要なのは、将来価値を最大化するために、現在の資産をどこに配分し、どう価値を高めていくかというBS的思考です。将来の大きなキャッシュフローを生むための投資判断が必要です。この事業再構築補助金を活用して、業界DXにチャレンジすることを決めました。

伊藤 日本企業全体がガラパゴス化し、内向きになっている印象を受けます。デフレ30年、失われた30年と言われる中で、効率化や業務圧縮が正義とされ、チャレンジ精神や挑戦マインドが失われています。我々の世代は、意識的にアクションを起こす必要があります。

山口 事業再構築補助金の3分の2補助という仕組みは、投資のための大きな後押しとなりました。

前職での経験が生きた事業計画書作成

伊藤 事業計画書の作成はスムーズに進みましたか。

山口 実際に事業計画書を作成する段階では、比較的スムーズに進めることができました。前職のパーソル(旧インテリジェンス)での経験から、市場規模、競合分析、SWOT分析などのフレームワークを日常的に使っていたためです。

伊藤 なるほど。

山口 新卒時から役員の近くで仕事をし、経営者感覚を持てたことは幸運でした。パーソルキャリア社長の瀬野尾裕氏、BREXA Holdings山﨑高之氏、シェアフル大友潤氏、パーソルグループ長井利仁氏といった経営層が全員レポートラインだったため、経営の感覚を間近で学ぶことができました。

山口 経営会議、マネジメント会議、中期経営計画の合宿、業績レポーティングといったサイクルの中で、彼らが何に悩み、何を発信し、どうマネジメントするか、成功と失敗のパターンを学ぶ機会に恵まれました。

伊藤 それは貴重な経験ですね。

山口 インテリジェンスとEストアーの合弁会社設立プロジェクトも大きな経験でした。若手に経営を任せ、事業を創らせる文化があり、ボードメンバーの意向を捉えながら、市場分析、事業方向性、両社の目線合わせといった事業企画を担当しました。

山口 資本を入れてもらうためのアカウンタビリティの勘所、計画を描いて資金調達するためのポイントを経験できていたため、採択に向けて優位に進めることができました。

常に準備を怠らない経営姿勢

伊藤 コロナをきっかけに補助金が出て、慌てて準備する人が多い中、そうではなかったということですね。アメリカでは、コロナによってEC利用率が限界突破しましたが、それは水面下で準備していた企業が多数あったからです。日本は先進国の中でもEC利用率が低い状況にあります。

伊藤 補助金も同様で、行政書士に丸投げする企業もありますが、常に新しいことにアンテナを張り、準備されていたのではないでしょうか。

山口 ルーティン化や丸投げでは成功しません。なぜこれが起きているのか、事業構造は何か、戦略を考えるフレームワークを日常的に使っています。コンビニに入ったときも、新しいサービスを見たときも、自社事業への応用を息をするように考えています。これはインテリジェンス時代から叩き込まれた感覚です。

伊藤 補助金取得だけが目標ではなく、後工程や自社事業、国の方向性といった文脈を読み続けているということですね。

山口 補助金や助成金は、戦略の考え方からすれば、ミッション、ビジョン、バリューに基づく資金計画の一つに過ぎません。全体の中で一機能でしかないため、これを目的にすると本末転倒になります。

企業間のパートナーシップを重視する理由

地方企業のベンダー選定とパートナーシップ戦略

ユーザー中心のサービス設計とパートナー選定

伊藤 事業計画の方向性について教えてください。

山口 事業計画の方向性として、プロダクト起点やサプライヤー目線ではなく、ユーザー中心のサービスを目指しました。ARなどを活用し、壁紙を変えた後のイメージを事前に確認できる新しい体験の実現がコアでした。

山口 重要だったのは、サービス企画・設計から共に動き、競争できるパートナーとの伴走でした。しかし、地方の中小企業にはベンダー選定のリソースが十分ではありません。

伊藤 具体的にどんな課題があったのでしょうか。

山口 調査した多くの事業者は「アプリを作れます」「事業設計からアドバイスできます」と言うものの、中途半端でした。私たちが必要としていたのは、0から1、1から10のフェーズを担える真のパートナーでした。

山口 地方では、東京での実績をちらつかせながら価値提供をサボる事業者が多く見られます。ベンダー選定のノウハウがないため、多くの企業が食い物にされている状況があります。

コロナ禍がもたらしたボーダーレス化

伊藤 そうした中でどう対応されましたか。

山口 コロナ禍により、情報や知的サービスがボーダーレスになりました。数年前までは画期的だったZoomでのオンラインミーティングが当たり前となり、地方にいながら優良な事業者と付き合えるようになったことは大きな変化でした。このタイミングで、サンアスタリスクという最適なパートナーを選定できました。

伊藤 伴走型パートナーへのこだわりを感じます。アウトソースの限界が近年指摘されていますが、実感はありましたか。

山口 新規事業領域では、やるべきことが明確に決まっていません。むしろ自分で探しに行く必要があります。要件定義が明確で粛々と進められる既存事業とは異なり、週単位、月単位で状況が変化し、ピボットが必要になります。真の意味で伴走してくれることが重要でした。

伊藤 つまり「できます」という事業者は、最初の時点で不要だということですね。

山口 その通りです。地方は草刈り場のような状態になっています。見栄えだけのウェブサイトを提供する事業者が多く、価値提供をサボりすぎています。ボーダーレスになったことで、本当に価値ある事業者を選定できる環境が整いました。

誰とやるかが成功を左右する

伊藤 パートナー選定で他に意識された点はありますか。

山口 パートナー選定では、旧インテリジェンスのメンバーにも参画してもらいました。何をやるかも重要ですが、誰とやるかも同じく重要です。

山口 新規事業開発のノウハウや、内装業界だけでなく人材サービス的なアプローチを組み込む考え方が必要でした。彼らの存在は大きな支えとなっています。

伊藤 途中から参加させていただき驚いたのは、会議の質の高さです。新規事業では5年間メンバーが変わらずに続けられるかが重要と言われています。若手社員もしっかり参加されていますが、土壌形成についてどう考えていますか。

山口 最初の立ち上げメンバーがコアな文化を作ることが重要です。仕事の機会を通して人は成長すると考えています。新規事業は結果が不確実でリスクもありますが、新しい領域へのチャレンジは、社員にとって人生の肥やしになります。一緒に仕事をしてくれる社員に、そうした成長機会を提供することが私の使命だと考えています。

時代の流れははやい、MVP開発とアジャイルが重要

MVP開発とアジャイル手法による新規事業の実践

サンアスタリスクとの協働プロジェクト

伊藤 実際のプロジェクトの進め方を教えてください。

山口 サンアスタリスクとのプロジェクトでは、「どうすれば壁紙の魅力を伝え、デジタルを通じてリアルな場以上の体験で購入できるのか」というデザインチャレンジに取り組みました。

山口 まず課題理解のため、UXデザイナーのファシリテーションでユーザーリサーチとペルソナ設計を実施し、様々なサンプルでインタビューを重ねました。

伊藤 どなたかキーパーソンはいましたか。

山口 シリコンバレー発祥のデザインコンサルティング経験を持つマーク氏との協働は、インタビュー手法や新規事業へのフレームワーク活用において、大きな学びとなりました。

インタビューを繰り返す中で、ペルソナごとのインサイト(購入のツボ)を発見し、どこにアプローチするかを見極めました。解決策の検証として、How Might Weやブレインストーミング、アイデア演習を実施。プロトタイピングで概形を作り、MVP(実用最小限の製品)開発へ進みました。

伊藤 なるほど。

山口 Figmaでプロトタイプを作成し、顧客フィードバックを得ながら改善を繰り返し、価値を高めていきました。本開発はサンアスタリスクのベトナム拠点で実装してもらいました。

ビジネス・クリエイティブ・テクノロジーの三位一体

伊藤 このプロジェクトで重要だったポイントは何でしょうか。

山口 新規事業において重要だと感じたのは、ビジネス、クリエイティブ、テクノロジーという三つの視点です。

山口 クリエイティブ面では、UI/UXデザイナーが短期間でスプリントを回してくれました。ビジネス面では、TAM、SAM、SOMといった市場分析を通じて、総市場規模、到達可能市場、獲得可能市場を俯瞰的に把握しました。

伊藤 テクノロジー面はいかがでしたか。

山口 今やIT大国となったベトナムのトップクラスの実力を持つサンアスタリスクの優秀なエンジニアが、高速で実装を進めてくれました。

山口 限られた予算の中で、これらを一社で実装できたことが素晴らしい点でした。単なるアプリ開発会社ではなく、事業を創るパートナーとして現在も伴走してもらっています。三つのバランスを保ちながら事業展開を進めることが重要です。

MVP開発と調査・検証への適切な投資配分

伊藤 予算があると機能を盛り込みたくなりますが、MVPにこだわった点が印象的です。一方、中小企業の課題として、調査と検証には多額の費用がかかります。MVPを明確にし、調査と検証、モニタリングやインタビューにしっかり予算を使われた印象です。

伊藤 また、初期にマーク氏が介入したメリットが大きく、その文化が今も継承されているように感じます。新規事業の失敗パターンとして、社内ベストメンバーだけで組むことが最悪と言われています。しっかりした経験者を初期に入れるという、補助金の予算配分が適切になされていました。

山口 文化は大きく継承されています。いつか再び一緒に仕事をしたいと思うほどです。インタビューを丁寧に行い、ユーザーのインサイトを探り、作っては壊すプロセスを繰り返す。ユーザー中心という言葉だけでなく、本質を考える思考力のスピードが圧倒的でした。

伊藤 文化の継承というのは重要ですね。

山口 「シンクハード」というキーワードが示すように、この文化をもっと根付かせる必要があります。新規事業を始めるとき、社内の優秀な人だけを集めるのではなく、外部内部の垣根を取り払うことが重要です。サンアスタリスクからも指摘されましたが、誰をアサインするかには細心の注意を払っています。

山口 タイミング的に参加できなかった社員もいるため、徐々に巻き込みながら成長機会を提供し、シンクハードの文化を浸透させていきたいと考えています。

PMF達成に向けたグロース戦略

伊藤 今後の展開についてお聞かせください。

山口 新規事業は1年、3年、5年のスパンで考えるべきで、まだスピードが十分ではなく、社内のケーパビリティを強化する必要があります。

山口 ただし前進していることは確かで、第1章が終わった感覚です。広告に頼らずウェブ成長を実現し、社内メンバーの成長も見られます。デジタル領域で何もやってこなかった地方の問屋が、ここまで持ってこられたのは成果です。実際にアクティブユーザー数もある程度の規模を獲得できています。

伊藤 第2章はどのような展開を考えていますか。

山口 第2章はグロース時期です。PMF(プロダクトマーケットフィット)、つまり私たちのサービスが顧客ニーズにしっかり合致している状態まで到達する必要があります。ブレイクするまでには、まだ時間がかかると認識しています。

アジャイル開発を継続する重要性

伊藤 開発手法についてはどうお考えですか。

山口 新規事業はアジャイル開発の議論に似ています。アジャイルは短期間のサイクルで開発とテストを繰り返し、変化に柔軟に対応します。要件が不明確な市場向けプロジェクトに適しています。

山口 一方、ウォーターフォールは要件が明確で計画通りに進められるプロジェクト向きです。新規事業領域は明らかにアジャイルで進めるべきであり、そのスピード感をさらに上げることが課題です。

伊藤 過去の経験からも学びがあったのでは。

山口 アジャイルは継続的に実践すべきものです。Eストアーとの合弁会社ECパートナーズでも、スタート時は大きく失敗していました。毎週提案書を書き直し、ユーザーインタビューを重ね、解像度を上げて検証を繰り返していました。

山口 事業開始から1年ほど経って、事業の状況を冷静に整理したミーティングがありました。今でもそのホワイトボードを覚えていますが、そこでブレイクスルーを発見し、サービス企画をやり直して成功につながりました。

伊藤 その経験が今に活きているわけですね。

山口 この経験から、ユーザーの声を聞き、検証を繰り返すことが重要だと確信しています。いつかブレイクスルーすると信じています。

山口 新規事業に直線的な成長はありません。正解が分かっていれば誰もが取り組んでいます。どこかでブレイクスルーするという感覚を持ちながら、安心してアジャイル開発を続けることが大切です。事業家として結果が求められる時期に入っており、しっかり事業をグロースさせていきます。

持続可能な事業運営のバランス感覚

伊藤 経営には「一つに絞るためにすべてを試す」という言葉があります。多くの人がやり切らず、結果としてブレイクスルーしません。一方で、新規事業は赤字を垂れ流すリスクもあります。成功率10%以下と言われる中で、信じて継続するための成功体験として、ECパートナーズがあったということですね。

山口 新規事業は最初は赤字です。最初から黒字なら誰もがやっているはずです。重要なのは、累積損失を計算し、デッドラインを把握しておくことです。

山口 持続可能なパイプラインをしっかり持っているかが重要です。ボランティアのように続けるのではなく、コスト感覚と、いつまでにどういう結果を出すのかを明確にする。新規事業継続のための決裁や、社内外関係者との調整は常に意識しています。

伊藤 BS的な考え方ですね。

山口 将来のキャッシュフロー最大化に着目し、投資回収のタイミングを常に考えながら動いています。

伊藤 老舗和菓子屋の話のように、「いつも変わらない味」の裏側では、原材料、調理法、機材、人材すべてが変化しています。折れずに愚直に変化を続けている印象を受けます。

山口 結果が出るまでは厳しい状況ですが、それが新規事業です。誰も正解を知らない中、顧客に向き合い、顧客の課題にどう答えるかに集中するだけです。様々な情報が入ってくる中でブレないことが重要です。

内装業界を変え顧客満足度を上げる

地方中小企業DXの未来と業界変革への展望

組織成長に必要な人材戦略

伊藤 組織成長の観点で、今後どういった人材が必要ですか。

山口 既存メンバーの成長はもちろんですが、新しい視点を持った人材も必要です。特にマーケティングやデータ分析の専門性を持った人材をどう巻き込むかを考えています。

山口 ただし、必ずしも採用だけでなく、外部パートナーとしてどう巻き込むかも選択肢です。

伊藤 地方中小企業がDXを推進する上で、特に難しいと感じたことは何ですか。

山口 最も大きいのは人材の問題です。デジタル領域に精通した人材が地方には少ない。ただし、コロナを経てリモートワークが当たり前になり、そのハードルは下がりました。

山口 もう一つは社内の理解を得ることです。新しいことへの抵抗感がある中で、小さくても成果を出し、「こういうことができる」と示すことが重要です。

デジタル化の本質とは何か

伊藤 DXの本質について、改めてお聞かせください。

山口 DXは単にシステムを入れることではなく、顧客体験をどう変えるか、ビジネスモデルをどう変えるかという本質に向き合うことです。この点を見失わないよう常に意識しています。

伊藤 取り組みが業界全体に与える影響をどう考えていますか。

山口 まだ小さな取り組みですが、地方の問屋がこうした挑戦をしていることが、他事業者の事例になればと思っています。

山口 業界全体が変わるには、どこかが先陣を切る必要があります。それが私たちの役割だと考えています。成功すれば業界のスタンダードになる可能性があり、失敗しても次の人たちの糧になればと思います。

失敗を恐れない文化の源泉

伊藤 失敗を恐れないマインドは、どこから来ているのでしょうか。

山口 前職のインテリジェンスでの経験が大きいです。チャレンジを推奨する文化があり、「失敗してもいいから、とにかくやってみろ」が当たり前の環境でした。そこで培われたマインドセットが今も残っています。

伊藤 他に影響を受けた方はいますか。

山口 朝倉祐介氏の考え方に影響を受けています。将来価値を最大化するために今何をすべきか。目先の売上や利益だけでなく、5年後、10年後の姿から逆算して考えることを常に意識しています。

山口 若手社員にこうした経験をさせたいという思いも強くあります。新規事業は学びが多く、失敗も含めて経験が財産になります。そうした機会を作るのが経営者の責任だと考えています。

事業の社会的意義とユーザー体験の変革

伊藤 この事業の社会的意義をどう捉えていますか。

山口 ユーザーや施主の方々が、もっと壁紙を楽しめる、壁紙を選ぶ体験を豊かにできることが最大の社会的意義です。

山口 今までは供給側の都合で決まっていた部分が大きかったものを、ユーザー中心に変えていく。ユーザーが本当に欲しいもの、本当に欲しい体験を提供することが、業界全体の価値向上につながると考えています。

伊藤 デジタルならではの体験もありますね。

山口 デジタルの力を使うことで、リアルでは実現できなかった体験を提供できます。例えばARを使い、実際に壁紙を貼った後のイメージを事前に確認できれば、ユーザーの意思決定がしやすくなり、失敗も減り、満足度も上がります。

今後の展望:プラットフォーム化への道

伊藤 今後の展望を聞かせてください。

山口 直近の目標は、第2章としてPMFをしっかり達成することです。その後、スケールするフェーズに入ります。

山口 長期的には、この仕組みを壁紙だけでなく、床材、カーテン、照明など他のインテリア商材にも展開したいと考えています。トータルでインテリア体験を提供できるプラットフォームになることが、5年後、10年後の目標です。

伊藤 業界への想いをお聞かせください。

山口 業界全体を変えていきたいという想いは強くあります。地方の問屋の取り組みが業界全体のスタンダードになる未来を創りたい。そのためには他事業者との協力も必要で、業界全体で取り組む必要があります。この取り組みがきっかけになればと思います。

データ蓄積とインハウス化の重要性

伊藤 DXにおけるデータ蓄積と商圏突破について触れられましたが、住宅業界ではデータ収集・蓄積が困難と言われています。何か施策をお考えですか。

山口 住宅業界がアナログな広告手法に留まっているだけだと考えています。多くの住宅メーカーや建材メーカーで、ウェブ分析やウェブマーケティング機能を内製している会社は少ないのではないでしょうか。多くが外部委託しているため、社内に情報が蓄積されていません。

伊藤 やっていないだけで、データを貯める方法は他にもあるということですね。

山口 外部委託の結果、社内に何も情報が残っていないのです。ウェブマーケティング担当者が専門家ではなく、外注会社とのカウンターでしかない。経営レポートすべきポイントであるにもかかわらず、経営者も広告費用と来店数の関係という表面的な理解に留まっています。

山口 本来は、営業組織と企画部門としてのウェブマーケティングをもっと融合し、内製化すべきです。そうした取り組みをしている企業は少ないと感じています。

問屋業の新たな価値創造

伊藤 問屋業界について伺います。問屋の機能として、デリバリー、決済、データ蓄積の三つがあると考えています。しかし、IT化が進んだ結果、多くの業界で問屋の価値が失われています。また、最も高齢化が進んでいるのも問屋業です。問屋業界としてDXをどう捉えていますか。

山口 ユーザー中心の視点とは別に、建設DX全体の観点から考えると、問屋の三機能のうち「データ」が、個人のアナログ情報として蓄積されています。これをどうオープンにしていくかが重要です。AIの力で十分に対応可能だと考えています。

伊藤 なるほど。

山口 問屋業が衰退と言われながらも、弊社がまだ事業を続けられているのは、デリバリーや決済の最適化もありますが、特にデータ機能が大きいと感じています。現在は個人の頭やノートの中にあるアナログデータが、すさまじいロジックで機能しています。これをAIでさらに活用すれば、問屋という枠組みではなく、新時代の問屋業を描けるのではないでしょうか。

商品寿命短縮化時代の新規事業戦略

伊藤 最後の質問です。デジタル化が進んだ結果、商品やサービスの寿命が短くなっています。以前は20年だったものが、今は4〜5年と言われています。一方で、離陸するまでの準備期間が長いほど、生き残る確率が高いというデータもあります。この矛盾する二つのデータに対して、この新規事業をどう推進していますか。

山口 難しい問題ですが、常に新しい発想を持ち、リリースまでのプロセスを簡素化していくことが重要だと考えています。AIの力で、ウェブやアプリの実装が可能になり、「これが面白い」「顧客が喜ぶかも」という発想とツールを掛け合わせることで、事業が加速します。

伊藤 現場レベルでの変化もありそうですね。

山口 新規事業を作り込むスパンはどんどん短くなり、現場単位に落ちてくると考えています。従来のように新規事業開発室を作って数人で進めるのではなく、営業組織など誰でもできる状態になるでしょう。

山口 差別化のポイントは、社会的課題を深く捉える力や、面白いと思う感性になります。

伊藤 壁紙市場についてはいかがですか。

山口 もう一点、壁紙について考えると、新築で家を建てたら一生物という発想が日本市場では一般的です。しかし、これが5年で変えられるプロダクトやサービスとして認識されれば、大きくブレイクする可能性があります。

山口 30年以上変わらなかった業界において、ユーザーが4〜5年の周期で商品を変えることに慣れているなら、容易に転換できるのではないでしょうか。第2章では、このあたりを検討していきたいと考えています。

インハウス化による競争優位性の構築

伊藤 冒頭の話と繋がってきました。商品サービスの寿命が短くなっている最大の原因は、競合他社による模倣です。従来、デジタル施策はアウトソース型で壁があり、回転スピードが遅かったのです。インハウス型にこだわることで、スピードが上がり、AI活用も進み、独自性が深まる仕組みができたと感じました。模倣されても負けない力があれば問題ありません。

山口 社内のインフラ、つまり一緒に事業を創る仲間が競争優位性です。

山口 例えば、特定のAIを使った事例を見たとき、従来なら指示書を作って社員に依頼し、確認するプロセスでした。しかし今、新規事業メンバーは、何も指示していないのに「こんなものを作ってみました」とアウトプットを持ってきます。

伊藤 まさにアジャイルですね。

山口 試してみて、みんなに見てもらい、修正し、顧客に見せて、また修正する。このプロセスが回っていることが、今後さらに加速していくと考えています。

NPOでの展開と業界全体への貢献

伊藤 このプロジェクトがNPO内で将来的にどう関わっていくか、どんなことを考えていますか。

山口 Facebookが内輪から始まったように、内輪で熱狂してもらうことが重要です。「こんなのがあったらいい」「こんな機能があったらいい」という声の熱量を聞ける場だと考えています。

山口 当NPO(住環境工事研究会)のメンバーと一緒に作っていきたいと思っています。このNPOが、ウェブや現場も含めて、日本全体を支えるインフラになっていくべきであり、そうならないといけないと考えています。

伊藤 直接部門はローカルビジネスなので協力体制が取りにくいですが、デジタル領域なら協力体制が取れ、より良いプロダクトができると思います。

山口 頑張ります。

伊藤 本日は貴重なお話をありがとうございました。

編集後記

本インタビューで印象的だったのは、DXを単なるIT化ではなく「業界構造そのものの変革」と捉える山口氏の視座の高さです。前職での経営経験、適切なパートナー選定、そしてユーザー中心の開発プロセス――成功の背景には、常に準備を怠らず、本質を見極める姿勢がありました。「失敗しても次の人の糧になる」という言葉に、業界全体への責任感が滲みます。地方中小企業のDX推進において、本事例が示唆するものは大きいでしょう。(伊藤)

山口 剛 株式会社遠藤紙店

Author:山口剛

プロフィール

## 活動概要

山梨県出身。家業である壁紙卸売業を継承しながら、壁紙専門店「WALLPAPER STORE」のウェブ編集者として従事。幼少期より壁紙という素材に親しみ、成人後にその真の魅力を認識。「空間を一変させる壁紙の力」に感銘を受け、家業の発展とともにインテリア業界における新たな事業展開を開始した。

「WALLPAPER STORE」においては、壁紙の魅力をより広範囲の顧客層に訴求するため、ウェブサイトおよびSNSを通じた情報発信を担当。DIY愛好家のチームメンバー、ならびに施主の要望と生活様式に寄り添いながらインテリア空間を共創する「ウォールスタイリスト」と連携し、初心者にも取り組みやすいアイデアをブログおよび各種コンテンツを通じて提供している。

## 経歴

1983年、山梨県甲府市生まれ。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)卒業後、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に新卒入社。事業企画部門において、中期経営計画の策定、予算管理、プロジェクトマネジメント等に従事。関連会社の統合、事業譲渡、合弁会社設立等、多岐にわたる企業戦略業務に携わり、豊富な実務経験を蓄積した。

## 個人について

家族との時間を大切にし、週末は息子のサッカー活動に積極的に参加している。また、浦和レッズの熱心なサポーターとして、週末のテレビ観戦を楽しみとしている。

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