空き家で起業をサポート

地方創生の鍵、株式会社川幸はなぜ空き家再生事業に取り組むのか?|起業支援施設「ジンタノ」が実践する伴走型ビジネスモデル

愛知県高浜市。人口5万人に満たないこの小さな町で、一人の建築業者が静かに、しかし確実に地域の未来を変えようとしている。株式会社川幸の代表、神谷氏だ。屋根工事業を営みながら、16もの事業に挑戦してきた彼が50代後半で選んだ道は、古民家を再生したレンタルスペース「JIN-TANO(ジンタノ)」の運営だった。「田舎だからと諦めるのではなく、都市部でも地方でも、何かを始めたいという人の気持ちは同じ」。そう語る神谷氏の眼差しには、地方都市特有の諦めではなく、静かな確信があった。

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プロフィール Profiles

語り手

聞き手

山口 剛 株式会社遠藤紙店
山口剛

山梨県を拠点に壁紙卸「遠藤紙店」とWALLPAPER STOREを率い、壁紙で暮らしを豊かにするNPO理事。

空き家再生と地方創生を同時に考えるインフォグラフィック
空き家ビジネスを再考する

小さく始める勇気が地域を変える|多数の起業経験から生まれた空き家再生レンタルスペース「JIN-TANO(ジンタノ)」

かつて誰も見向きもしなかった古民家は、彼の手によって温かみのある起業家の拠点へと生まれ変わっていた。窓から差し込む柔らかな光が、DIYで整えられたテーブルや椅子を照らしている。

「これまで16の業種、16の企業に参加してきました。全てが成功したわけではありませんが、起業時の負担や費用面での苦労を経験してきました」と神谷氏は語った。その言葉には、失敗を恐れない起業家としての経験と、同じ道を歩もうとする人々への深い共感が滲んでいた。

きっかけは50代前半、自身の体の衰えを感じた時だったという。屋根工事業という肉体労働の将来を考えた時、神谷氏の中で何かが動き始めた。これまで自分が苦労してきた起業の道のりを、もっと楽に、もっと楽しく歩める場所を作りたい。起業したい方を支援できる場所があれば、共に楽しく事業を進められる。そんな思いが、レンタルスペース JIN-TANO(ジンタノ)という形になっていった。

興味深いのは、この事業を始めるにあたって神谷氏が誰にも相談しなかったことだ。家族にも従業員にも告げず、静かに準備を進めた。完成した時、周囲は驚きを隠せなかったという。しかし神谷氏の中には、明確な確信があった。

「田舎だからと諦めるのではなく、都市部でも地方でも、何かを始めたいという人の気持ちは同じです。場所さえあれば、やる気のある方が集まる」。彼のこの言葉は、地方創生の本質を突いている。問題は場所ではなく、機会の有無なのだ。

最初の賛同者は、偶然の出会いから生まれた。マルシェを主催していた石川氏が、市役所でふるさと納税の手続きをした際、担当者がジンタノを紹介したのだ。その日のうちに石川氏は現地を訪れ、「こんな場所が欲しかった」と即座に利用を決めた。行政職員の何気ない一言が、新しいビジネスの種を育てる土壌となった瞬間だった。

神谷氏が強調するのは、「小さく始める」ことの重要性だ。「小さく始めて、小さな失敗を繰り返しながら前進すれば、必ず道は開けます」。この哲学は、彼自身の16回にわたる起業経験から導き出されたものだ。大きな資本も、完璧な計画も必要ない。小資本で、短期間で、少人数で試してみる。その繰り返しの中に、本当の成功への道があるのだと。

ジンタノという名前の由来について尋ねると、神谷氏は穏やかに微笑んだ。詳細は語らなかったが、この場所が「人の縁(えにし)」を大切にする場であることは、その後の対話の中で十分に理解できた。

高浜市という地方都市で、サラリーマンの比率が年々増加している現実を、神谷氏は危機感を持って見つめていた。「新しい産業が生まれないことが問題です。新しいアイデアで新しい商売が生まれなければ、地域も国も活性化しません」。会社員という安定した働き方を否定するのではない。しかし、それだけでは地域の経済は循環しない。新しい挑戦をする人々が生まれ続けることが、地域の持続可能性を支えるのだという考えだ。

空き家という地域の課題を、起業支援という別の課題解決の手段に変える。神谷氏のアプローチは、まさに地方創生の理想形だった。建築業者としての知識と技術、起業家としての経験、そして何より人を信じる力。これらが融合して、ジンタノという唯一無二の場所が誕生したのだ。

山口剛

Point of View

内装業に長年携わってきた私にとって、神谷氏の取り組みは新鮮な驚きだった。建築業者が単なる「場所の提供者」に留まらず、起業家の伴走者となる。これは従来の不動産ビジネスの枠を大きく超えている。特に印象的だったのは、失敗を恐れず16回も事業に挑戦してきた経験が、支援の質を高めているという点だ。理論ではなく、実践知に基づいた支援。これこそが地方に必要なものではないだろうか。

起業の為の要点を提言する

「好き」と「得意」だけでは続かない|財務・顧客視点・数字管理を伴走支援する起業家育成メソッド

ジンタノを訪れる起業家たちは、皆一様にポジティブでエネルギッシュだ。自分の好きなこと、得意なことを仕事にしたいという熱意に満ちている。しかし神谷氏は、その情熱だけでは事業は続かないことを知っている。

「得意なことと好きなことの二つの軸だけでは、必ず限界が来ます」と神谷氏は語った。数々の起業経験が教えてくれたのは、情熱と同じくらい、いや時にはそれ以上に「大事なこと」が存在するということだ。その「大事なこと」とは何か。それは採算性であり、集客方法であり、顧客視点であり、そして何より数字を把握する力だった。

印象的なエピソードがある。この地区でスイーツカフェを開きたいという方がジンタノに来た時のことだ。神谷氏は優しく、しかし明確に問いかけたという。「スイーツカフェもいいけれど、この地域でスイーツカフェを求めている方がどれだけいるでしょうか。実際には昼食を求めている方の方が多いのでは」。自分のやりたいことと、顧客が求めていることのギャップ。これに気づけるかどうかが、事業の成否を分ける。

別の事例では、タコスの試食会を開催した方がいた。お客様が来ているのに、その方は自分が作ったタコスばかりを見ていて、お客様の表情や反応を見ていなかったという。「飲食業で最も大切なのはお客様を見ることです」と神谷氏は指摘した。商品への愛情は大切だが、それ以上に顧客への関心が必要なのだ。

さらに神谷氏が徹底しているのは、数字管理の重要性だ。ある利用者に月次の売上一覧表の提出を依頼したところ、そもそも作成していなかったという。売上を毎日記録せず、原価も把握していない。「商売をやっているのか、遊んでいるのか」。神谷氏の言葉は厳しいが、その背景には深い愛情がある。

「数字は全世界共通の言語です」と神谷氏は言う。英語でも日本語でもなく、ビジネスの基礎言語は数字だ。売上、原価、利益、販売管理費。これらの数字を把握せずに事業を続けることは、地図を持たずに航海するようなものだ。神谷氏が利用者に求めるのは、この基本中の基本だった。

興味深いのは、神谷氏が「マーケティング」や「戦略」といった言葉をあえて使わないことだ。「うちに来る起業家の方々に5W1Hや戦略という言葉を使っても伝わりません。皆さん一気に引いてしまいます」。だからこそ、具体的で分かりやすい言葉で、一人ひとりに寄り添いながら伝えていく。世のコンサルタントのような華やかなプレゼンテーションではなく、地に足のついた対話。それが神谷氏の方法論だった。

実際、神谷氏が行っているのは、本質的には事業戦略の策定支援だ。なぜこの事業をやるのかというビジョン、1年後3年後の方針、自分の強みと弱みの分析、製品企画、流通チャンネルの設計。これらを利用者の状況に合わせてカスタマイズし、段階的に提示していく。まさに経営コンサルタントの仕事そのものだが、神谷氏はそれを「宿題」という形で、自然に、優しく提供している。

財務面のサポートも手厚い。利用者の財務状況を確認し、売上・利益・販売管理費を客観的に分析した上で、「これだったら続けられる」「これだったら見直した方がいい」と判断を示す。時には厳しい言葉もあるが、それは利用者の未来を本気で考えているからこそだ。

神谷氏が絶対にしないことがある。それは起業を無理に進めることだ。「早すぎることはあっても、遅すぎることはありません。本人がやりたい時にやりたいことをするのが最も幸せです」。準備が整わないまま資金を投入し、課題を解決せずに前進する。そうした性急さを、神谷氏は決して勧めない。

好きなことだけで進めば、早く限界が来る。しかし大事なことを一つひとつ積み重ねていけば、限界は遠退くのだ。動いてみることで自分の弱点や苦手な部分が見えてくる。それを受け入れ、学び、改善していく。ジンタノはそのプロセスを支える場所なのだ。

レンタルスペースやコワーキングスペースは全国に数多く存在する。しかし、ここまで深く、ここまで本質的に起業家を支援する場所は稀だろう。神谷氏が提供しているのは、単なる空間ではない。それは知恵であり、経験であり、時には厳しさを伴った愛情なのだ。

山口剛

Point of View

神谷氏の支援手法を見ていて、私は内装業の本質を考えさせられた。私たちは空間を作るが、その空間で何が行われるかまで責任を持つことは少ない。しかし神谷氏は違う。空間を提供し、そこで育つ事業の質にまでコミットしている。「好き」と「得意」に「大事」を加える。このシンプルだが深い哲学は、あらゆるビジネスに通じる真理ではないだろうか。数字という共通言語を大切にする姿勢も、ビジネスパーソンとして強く共感するものがあった。

起業家が地域社会を面白くする

年商1000万円の卒業生を生み出す仕組み|副業時代の受け皿から地域エコシステムへ

ジンタノの真価は、利用者が「卒業」した後に現れる。昨年は、2件の卒業事例があるという。神谷氏が一つの基準としているのは、年商1000万円だ。「その基礎を作る場所を、ジンタノで提供しています」と彼は語った。

卒業後のサポートも、神谷氏の支援の特徴だ。独立時には物件を紹介し、内装や外装の相談にも応じる。ジンタノで起業準備から伴走してきたからこそ、利用者の事業ドメインを深く理解している。その理解の上に立った施工提案は、通常の内装業者には提供できない価値だろう。「年商1000万から2000万へと成長できるようサポートしていきたい」という神谷氏の言葉には、卒業生への継続的な関心が表れていた。

ジンタノの強みは、空き家をカスタマイズしたノウハウにある。神谷氏自身がDIYで施設の5割以上を整備してきた経験が、卒業生への具体的なアドバイスを可能にしている。「自分でできることは自分で、プロに任せるべきことはプロに。その区分けを提供できます」。限られた予算の中で最大の効果を生み出す方法を、神谷氏は実践的に教えることができるのだ。

この地域にはレンタルスペースやレンタルオフィスがほとんどない。あっても狭く、利用しづらい。ジンタノは24時間利用可能で、個室から25人収容のセミナールームまで、用途に応じて選べる。テーブルや椅子のレイアウトも自由に変更でき、キャンドルイベント、お茶会、婚活イベント、忘年会、女子会、撮影、結婚パーティーまで、多様な用途で使われている。実際、安城市や西尾市といった周辺地域からも利用者が訪れるという。この自由度の高さが、ジンタノの比較優位性を生み出している。

神谷氏が注目しているのは、副業・複業という働き方の潮流だ。「副業や得意なことを収入に変えるトレンドは確実にあります」。一つの会社、一つの給料ではなく、複数の収入源を持つ生き方。それが社会的に認められれば、ジンタノのような場所の需要はさらに高まるだろう。実際、利用者の中には明確に本業と副業を分けていない人も多い。卒業していった2社も、副業として始めたことが本業になった。その境界は曖昧で、流動的だ。

ジンタノの社会的意義は、起業支援だけに留まらない。障害を持ち不登校だった中学生が、レンタルキッチンでお菓子作りをして社会性を身につけた事例がある。また、40年間教師を務めた方が「止まり木」という相談事業を展開し、発達障害や鬱など様々な悩みを抱える人々の受け皿となっている。「話すことで、解決の糸口を見つけられる方が多いです」と神谷氏は言う。

行政や医療の支援は確かに存在する。しかし、その枠組みから外れてしまう人々がいる。止まり木の島田先生は、どこからも支援を受けず、自由度高く活動している。「行政が手の届かない部分、各種支援からはみ出た方のサポートをされています」。この自由度の高さが、ジンタノとの親和性を生んでいる。

神谷氏の視点は、地域エコシステムの構築にまで及んでいる。行政、企業、個人といった固定的な枠組みを超えて、地域社会を支える有機的なつながり。ジンタノはまさにその結節点となっている。場所貸しであり、知恵貸しであり、スキル貸しでもある。様々な機能が重層的に絡み合い、一つの生命体のように動いている。

今後1年の計画について、神谷氏は具体的なビジョンを語った。ジンタノでスモールスタートした方に、高浜市内の空き家を紹介し、起業を提案する。カフェ開業を希望する方の開業を支援する。地域の輪を広げ、レンタルオフィスを増やす。そして何より、毎週末何かイベントが行われている場所にしたいという。「ジンタノに行けば必ず何かが見つかる」。そんなイメージを地域に定着させたいのだ。

年間の卒業目標は2〜3社。「地方都市の感覚では、3社あれば大成功です」と神谷氏は言う。現在の利用者は約50名。その中から年間2〜3件の起業が生まれる。一見控えめな数字に思えるかもしれないが、これが10年続けば20〜30社になる。地方都市において、それは決して小さなインパクトではない。

ジンタノで開催されるマルシェには2日間で約400名が訪れる。「物事を始めたい方に『やりたい』『やれそうだ』という感覚を持っていただけています」。この感覚の連鎖が、地域を少しずつ変えていく。新しい産業が生まれ、新しい挑戦が始まり、地域が活性化する。神谷氏が目指しているのは、そういう持続可能な循環なのだ。

今後は、卒業生や利用者のインタビュー企画やトークセッションも計画している。起業を検討している方々に、リアルな体験を共有する機会を提供する。「大事なことが何かを知ることで、多くの方が一歩を踏み出せるようになります」。成功体験の共有が、次の挑戦者を生む。その好循環を、神谷氏は着実に作り上げようとしている。

山口剛

Point of View

神谷氏の取り組みを俯瞰して見えてくるのは、単なるビジネスモデルを超えた「生態系」の構築だ。起業支援、社会的包摂、地域活性化。これらが有機的につながり、一つの循環を生み出している。内装業という仕事柄、私は多くの店舗や事業所の立ち上げに関わってきた。しかし、その後の伴走まで視野に入れた支援は稀だ。年間2〜3社という目標も、派手さはないが持続可能性がある。地方創生の本質は、こうした地道な積み重ねにこそあるのだと、神谷氏の話を聞いて改めて感じた。

編集後記

地方都市で事業を営む多くの方が、神谷氏と同じ想いを抱いているのではないだろうか。このままでは地域が衰退してしまうという危機感、しかし何から始めればいいのか分からないという戸惑い。神谷氏の実践は、その答えの一つを示している。大きな資本も華やかな計画も必要ない。小さく始め、失敗を恐れず、目の前の一人に真摯に向き合う。その積み重ねが、やがて地域を変える大きな力になる。あなたの町にも、きっと同じ可能性が眠っているはずだ。

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