【理事インタビュー】インテリアコーディネーターが地方で独立・継続できる理由——提案価値を武器に施工まで獲得したキャリアの実践録

インテリアコーディネーターの独立開業について解説

インテリアコーディネーターが地方で独立 提案価値を施工につなげた、デザイントーク・大谷氏のキャリア

北海道・旭川を拠点に、インテリアコーディネートと空間デザインを手がけるデザイントーク有限会社 代表の 大谷薫 さん。建設業を営む家庭に育ち、ニトリでの外商経験、大学院での学び直し、そして二人の子どもを育てながらの独立——その軌跡は、「遠回り」に見えて実は一本の線でつながっている。AI時代を迎えた今、「捨てない暮らし」を軸に内装業の新領域を切り拓く大谷さんに、キャリアの原点と業界への思いを聞いた。

目次


プロフィール Profiles

語り手

聞き手

~捨てない暮らしの先にあるもの~Antaa lab

AntaaLabが手掛ける建具や家具のリメイクを使用した内装。循環型社会とデザインの融合を旭川から発信している。








インテリアコーディネーターの独立は難しい

地方の内装業者こそ、全国ネットワークへ飛び込むべき理由——NPO法人加入が変えた情報格差と経営の視野

北海道・旭川を拠点に事業を営む大谷さんが、NPO法人住環境工事研究会の存在を知ったのは2013年。 壁紙屋本舗 等が出展した札幌のイベント会場に足を運んだとき、ひとつのブースが目に留まった。

「輸入壁紙 を使って、貼ったり切ったりしながらインテリアを楽しんでいる。うちのコンセプトである『インテリアを楽しく』と重なって、思わず声をかけたんです」

ブースを担当していたのが、当時の矢野社長(矢野哲夫 氏)だった。「こういうお店を私もやってみたいのですが、どうしたらいいですか」と率直に問いかけると、「自分だけでは決められない。壁紙屋本舗さんの了解が必要で、北海道で扱える店舗数にも限りがある」との返答。そのとき、目の前を 濱本さん(濱本廣一 氏)が通りかかった。矢野社長に紹介してもらい、人だかりの中でようやく話せた濱本さんから「矢野さんがOKなら大丈夫」という言葉をもらう。翌日には矢野社長へ電話し、翌週には直接会いに行った。

山口: それは積極的でしたね。最初にNPOへの加入を検討したとき、どんな印象でしたか。

大谷: 今とは全く違いましたね。「仲間に入れてもらえるかどうかはあなた次第」というスタンスで、毎月東京に来られるかどうかが最初の条件でした。入会金も含め、参加のハードルはなかなか高かったですね。

山口: それでも飛び込んだ決め手は何でしたか。

大谷: 同じ商材を扱う業者が全国でネットワークを持ち、一緒に販路開拓や商品開発をしているというところに、強く惹かれました。北海道にいると、どうしても情報の感度が鈍くなりやすい。うちの会社がある旭川は建設業が多い地域で、その中でどうお客様に求められる企業であり続けるかがずっと課題でした。皆さんの話を直接聞けることは、それだけで価値があると感じました。

山口: 業種が違っても、事業への向き合い方や新しい視点が得られるというのは、地方の事業者には特に大きいですよね。

大谷: そうなんです。濱本さんや矢野さんのように、常に次の一手を打ち続けている方々と直接対話できる。ECサイトへの投資もそうですし、新しい社屋への決断もそう。あの行動力から学べることは本当に多かったですね。ネットワークの価値は、情報だけじゃなくて、NPOメンバーから受け取る刺激が魅力だと感じています。

山口剛

Point of View

地方の内装業者が抱える「情報格差」は、受け身でいる限り縮まらない。大谷さんが展示会の会場で声をかけ、翌週には直接会いに行った、この行動力こそが今のキャリアを形成しているのだろう。業界団体への参加は「コスト」ではなく「投資」であり、全国水準の感度を持ち続けることが、地域に根ざした事業の競争力を支える。地方にいるからこそ、外に出ることをやめてはいけない。

インテリアの提案で心がけている事

「好きな仕事」を続けるために必要な土台

建設業の家庭で育ち、デザイン学科で気づいたインテリア業の本質

大谷さんの原点は、建設業を営む実家にある。父は朝から晩まで現場を駆け回り、母が経理を担う。設計事務所として始まり、施工まで手がける建設業へと発展した家業の傍らで、大谷さんは大工たちと卓球をして育った。

「土場に卓球台が置いてあって、大工さんたちとよく遊んでいました。写真を整理したら、誰かの膝の上に乗っている子どもの頃の自分が出てきて(笑)。職人さんに可愛がってもらっていたんだと思います」

そんな大谷さんだが、子どもの頃は非常に内向的だったという。最近実家を片付けていたら通知表が出てきて、「おとなしい」「発言が少し増えてきた」という担任のコメントが並んでいた。「我慢強い」という言葉も多かった。

山口: 今の大谷さんからはなかなか想像できませんね(笑)。進路はどのように考えられたんですか。

大谷: 商業高校に進んだのですが、事務職に全くときめきが持てなくて。その高校では歴代初めての進学者だったので先生にとても心配されましたが、地元に東海大学のデザイン学科があって、「デザインって何だろう、面白そう」と感じて進むことにしました。就職先が想像しにくいと周囲には言われましたが、両親が「いいんじゃない、やってみたら」と背中を押してくれて。

山口: デザイン学科の4年間はいかがでしたか。

大谷: 本当に楽しかったです。インダストリアルデザインを専攻して、製品計画や 空間設計 なども学びました。1年生のときは少し遊んでしまいましたが、2〜3年生からスイッチが入って、一番前に座って授業を聞くようになりました。モノを想像して形にすることの楽しさに、その頃ようやく気づいた感じです。今の仕事に通じるものが、全部そこにありましたね。

就職先はニトリを選んだ。説明会で会社の理念と熱量に強く惹かれ、「絶対ここに入りたい」と思った。しかし、一緒に参加した友人が「この会社苦手」と言っていた、というのも象徴的だろう。

山口: ニトリに惚れた理由はどんなところでしたか。

大谷: やっぱり「お客様のために」という思いが根底にある会社だと感じたんです。当時は平均年齢27歳くらいの若い組織で、非常に活気がありました。個人の頑張りに対してきちんと応えてくれる会社だということも、説明会の言葉の端々から伝わってきた。友人が苦手と感じたその熱さが、私にはまっすぐ刺さったんだと思います。

山口剛

Point of View

大谷さんのキャリアを追うと、「好き」を入口にしながら、その都度きちんと学び直し、結果で証明するというサイクルが繰り返されているのに気づく。デザイン学科を選んだ直感も、ニトリに飛び込んだ熱量も、根っこは同じだ。インテリア業界を志す人に伝えたいのは、センスより先に「なぜこの仕事をするのか」を問い続けることが、長いキャリアを支える軸になるということだ。

創造性と同じくらいに数字が大事

1億円を売るより大切なこと——ニトリ外商部で学んだ「数字で語れるコーディネーター」の条件

ニトリに入社した大谷さんが最初に配属されたのは、カーテン部門の販売員だった。同期の男性たちと売上を競いながら、少しずつ結果を出していった。1年半ほどで外商部へ異動になる。婚礼家具を中心とした営業の部署だ。

「おじさんばかりの部署に、22〜23歳でポンと放り込まれました。最初はなかなか成果が出なくて、正直サボっていた時期もありました。」

山口: そこからどうやって立て直したんですか。

大谷: あるとき、気持ちがスッと切り替わったんです。それからはコーディネーターの資格に挑戦して、4回目でようやく合格。翌年に建築士、その翌年に宅建と、一発合格が続きました。口に出して目標を宣言するようになったのもその頃で、「今年1億円売る」と周囲に言い始めたら、上司が案件を回してくれるようになって、実際に達成できました。

山口: 宣言することで、周りが動いてくれるようになったんですね。1億円達成の秘訣はどこにあったと思いますか。

大谷: 商品知識も生活経験もなかったので、特別なスキルがあったわけじゃないんです。ただ、お客様に対して誠実に向き合う姿勢だけは持っていたつもりで、それが伝わっていたのかもしれません。マンション一棟の照明プランをA・B・C案で提案して一斉に受注する、といった数字を意識した企画も自分で作っていて、そういうことを考えること自体が楽しかったですね。

数字を動かす面白さに気づく一方で、大谷さんは少しずつ違和感も覚え始めていた。1億円を達成すると、次は1億1千万円という目標が積み上がる。多くのお客様と接しながらも、顔を覚えられない状態が続いた。

山口: その違和感が、退職の判断につながったんですね。

大谷: そうです。数字が上がっていくこと自体は悪いことではないんですが、お客様の顔が見えなくなっていく感覚がどうしても拭えなくて。コーディネーターという仕事には、数字だけではなく、目の前の人の暮らしに向き合うという側面があると思っていますから。そこが満たされなくなったとき、「これは自分のやりたいことではないな」と感じました。

山口剛

Point of View

コーディネーターが「センスの仕事」と見られがちな業界で、大谷さんは徹底して数字と向き合い、成果で語り続けた。そして1億円という結果を手にしながら、それを手放す判断もできた。どちらも、自分の軸がはっきりしているから下せる決断だ。内装業界で長く活躍したいなら、美意識と数字感覚を同時に鍛えること。どちらか一方では、キャリアを支えきれない。

女性のキャリアをロングスパンで考える

大学院・子育て・派遣——その「遠回り」が独立の武器になる。インテリア業で長く活躍するためのキャリア設計

ニトリを退職したのは、結婚を機にしたキャリアの問い直しがきっかけだった。当時のニトリには、子育てをしながら働く女性社員のロールモデルがいなかった。自分がその姿を描けないまま働き続けることへの迷いが、背中を押した。

「夫が『大学院に行け』と言ってくれたんです。せっかく積み上げてきたキャリアを、もっと深めてみたらいいと。退職金を元手に入学しました」

山口: 社会人を経験してから入る大学院は、どんな感じでしたか。

大谷: めちゃくちゃ楽しかったです。在籍中に子どもが2人生まれて、ベビーカーを押しながら通ったり、お腹が大きいまま授業を受けたりしていました。研究生期間も含めると3年半ほどになりますが、卒業論文は出産や育児と重なって半年延期しながらなんとか仕上げました。今思えばよくやっていたなと思いますが、当時は必死でしたね(笑)。

研究生修了後は、東海大学の非常勤講師として14〜15年務めた。「さあ、社会へ」と気持ちを新たにしたのが35歳頃。しかし当時の求人には「30歳まで」という年齢制限が当たり前のように書かれていて、なかなか就職先が見つからなかった。

山口: そこでどう動かれたんですか。

大谷: TOTOの派遣社員の募集を見つけて、「自分のスキルに対して報酬が出るなら」と思い応募しました。派遣は自分の専門性で勝負できると思っていたので。ところが2年ほど勤めたころ、所長から「お前は独立したほうがいい」と言っていただいたことが、デザイントーク設立の直接のきっかけになりました。

山口: 矢野さんとの出会いもそうですが、節目ごとに背中を押してくれる方がいらっしゃいますね。

大谷: 本当にありがたいことです。ただ、ニトリの頃から独立願望はずっとあったので、タイミングと覚悟の問題だったとも思っています。子育て真っ最中でしたが、「やるしかない」と腹を決めました。固定費をできるだけ抑えようと、市の起業家支援施設のインキュベーションルームから始めました。家賃は月1万4千円ほど。デザイントーク立ち上げのスタートはそこでした。

大学院、子育て、非常勤講師、派遣社員——傍から見れば遠回りに映るかもしれない。だが大谷さんのキャリアを辿ると、それぞれの経験が独立後の事業を支える層として積み重なっていることがわかる。学び直しで得た専門性、子育てで培った段取り力、派遣で磨いたスキルへの自覚。どれひとつ、無駄ではなかった。

山口剛

Point of View

「遠回り」に見えるキャリアが、実は独立後の事業を支える「複利」になっていた。内装業界で独立を考える人に伝えたいのは、学びと経験はいつも無駄にならないということだ。焦って最短距離を探すより、自分の軸を持って積み上げた時間の方が、長く続く事業の礎になる。大谷さんのキャリアは、そのことを静かに、しかし力強く示している。

AI時代のキャリア形成、心がけている事

AI時代に内装業が生き残る新戦略——「捨てない暮らし」×空間デザインで拓く、コーディネーターの次の仕事

デザイントークを立ち上げてから、大谷さんはコーディネート業務を軸に事業を育ててきた。やがて下請けから元請けへの転換を意識し、建築工事の比率を高めていった。しかしコロナ禍を経て、ある問いが頭を離れなくなった。「市場全体がどう変わっていくのか、自分には視点が欠けていた」。

山口: コロナが大きな転機になったんですね。

大谷: そうです。NPOの勉強会でも毎年、業界の危機感が語られていましたが、正直なところ「頭では理解できるけど、自分に何ができるか?」で止まっていました。コロナで観光業が打撃を受けるのを目の当たりにして、一つの事業領域に依存することへのリスクを強く感じました。そのとき、リサイクル・リユースという社会の流れと自分の専門性を結びつけたらどうか、と考え始めたんです。

そして、リビセン(ReBuilding Center JAPAN)を知り、長野まで足を運んだ。アポイントは取れず、アポなしで突撃し、沢山の刺激を受けた。その足で奈良へ向かい、古材や古物を扱う店舗を見て回った。「まず空気感を探ってこよう」という行動力が、事業の輪郭を少しずつ形にしていった。

山口: そこから美瑛町の空き校舎活用へとつながっていくわけですね。

大谷: 事業再構築補助金の第2回に挑戦しようと準備を進めながら、できるだけ固定費を抑えられる拠点を探していました。美瑛町の空き校舎活用事業を知って、対象の校舎を全部調べて、今の場所に絞り込みました。補助金の採択前から美瑛町に企画を提案して、議会にかけていただくのと並行して申請書類も作る。採択されなかったらどうしようとは思いましたが、「絶対に取る」という気持ちで進みました。

山口: AntaaLabとして実際にスタートしてみて、いかがでしたか。

大谷: 最初はインテリア建材や内装資材の新古品の再販を想定していたのですが、一般の方の生活用品がどんどん持ち込まれるようになりました。「あそこは何でも引き取ってくれる」という口コミが広がって。壊れたものや割れたものまで来るようになったときは、正直戸惑いもありました(笑)。ただ、それが今のAntaaLabの方向性を決めてくれたとも思っています。

開設から3年。今は引き取ったものをどう循環させるかが課題だという。海外輸出、国内リサイクルショップへの引き渡し、そしてデザインを加えての アップサイクル。複数の出口を整備しながら、「同じものは二度と作れない一点物」の価値を積み上げている。

山口: 空間コーディネート とAntaaLabの循環事業が有機的につながっているのが、デザイントークさんのビジネスモデルの強みですよね。AI時代を迎えて、コーディネーターという仕事の役割はどう変わると思いますか。

大谷: AIを活用することで提案の幅は広がりますし、私自身も日々使っています。ただ、プロセスを一緒に楽しむこと、お客様の表情が変わる瞬間、完成したときの喜びを共に体感すること、そういった人と人との関わりはAIには代替できない価値だと思っています。カフェの依頼であれば、空間の形を整えるだけでなく、その事業が本当に成功するために何が必要かまで一緒に考える。お客様の暮らしや事業を豊かにしたいという根底の思いを大切にしながら、これからも取り組んでいきたいですね。

山口剛

Point of View

「捨てない暮らし」というコンセプトは、社会的な文脈と内装業の専門性を結びつける、今この時代にこそ必要な発想だ。大谷さんが示したのは、コーディネーターが「形を作る人」から「暮らしと事業を設計する人」へと進化できるという可能性だ。AIに仕事を奪われると嘆くより、AIを道具として使いながら、人にしかできない「共感と設計」を磨くこと。その実践者としての大谷さんのこれからに、大いに注目したい。

編集後記

取材を終えて印象に残るのは、大谷さんが「遠回り」を一度も後悔していないということだ。大学院、子育て、派遣——それぞれの場面で迷いながらも、自分の軸を手放さずに積み上げてきた。地方で内装業を営む日々の中で、情報格差や市場の変化に不安を感じている方は少なくないはずだ。だが大谷さんのキャリアは語っている。行動した分だけ、景色は変わると。

山口 剛 株式会社遠藤紙店

Author:山口剛

プロフィール

## 活動概要

山梨県出身。家業である壁紙卸売業を継承しながら、壁紙専門店「WALLPAPER STORE」のウェブ編集者として従事。幼少期より壁紙という素材に親しみ、成人後にその真の魅力を認識。「空間を一変させる壁紙の力」に感銘を受け、家業の発展とともにインテリア業界における新たな事業展開を開始した。

「WALLPAPER STORE」においては、壁紙の魅力をより広範囲の顧客層に訴求するため、ウェブサイトおよびSNSを通じた情報発信を担当。DIY愛好家のチームメンバー、ならびに施主の要望と生活様式に寄り添いながらインテリア空間を共創する「ウォールスタイリスト」と連携し、初心者にも取り組みやすいアイデアをブログおよび各種コンテンツを通じて提供している。

## 経歴

1983年、山梨県甲府市生まれ。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)卒業後、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に新卒入社。事業企画部門において、中期経営計画の策定、予算管理、プロジェクトマネジメント等に従事。関連会社の統合、事業譲渡、合弁会社設立等、多岐にわたる企業戦略業務に携わり、豊富な実務経験を蓄積した。

## 個人について

家族との時間を大切にし、週末は息子のサッカー活動に積極的に参加している。また、浦和レッズの熱心なサポーターとして、週末のテレビ観戦を楽しみとしている。




空き家再生で年商1000万円起業家を輩出|地方創生の新モデル「JIN-TANO(ジンタノ)」

空き家で起業をサポート

地方創生の鍵、株式会社川幸はなぜ空き家再生事業に取り組むのか?|起業支援施設「ジンタノ」が実践する伴走型ビジネスモデル

愛知県高浜市。人口5万人に満たないこの小さな町で、一人の建築業者が静かに、しかし確実に地域の未来を変えようとしている。株式会社川幸の代表、神谷氏だ。屋根工事業を営みながら、16もの事業に挑戦してきた彼が50代後半で選んだ道は、古民家を再生したレンタルスペース「JIN-TANO(ジンタノ)」の運営だった。「田舎だからと諦めるのではなく、都市部でも地方でも、何かを始めたいという人の気持ちは同じ」。そう語る神谷氏の眼差しには、地方都市特有の諦めではなく、静かな確信があった。

Table of Contents


プロフィール Profiles

語り手

聞き手

空き家再生と地方創生を同時に考えるインフォグラフィック

空き家ビジネスを再考する

小さく始める勇気が地域を変える|多数の起業経験から生まれた空き家再生レンタルスペース「JIN-TANO(ジンタノ)」

かつて誰も見向きもしなかった古民家は、彼の手によって温かみのある起業家の拠点へと生まれ変わっていた。窓から差し込む柔らかな光が、DIYで整えられたテーブルや椅子を照らしている。

「これまで16の業種、16の企業に参加してきました。全てが成功したわけではありませんが、起業時の負担や費用面での苦労を経験してきました」と神谷氏は語った。その言葉には、失敗を恐れない起業家としての経験と、同じ道を歩もうとする人々への深い共感が滲んでいた。

きっかけは50代前半、自身の体の衰えを感じた時だったという。屋根工事業という肉体労働の将来を考えた時、神谷氏の中で何かが動き始めた。これまで自分が苦労してきた起業の道のりを、もっと楽に、もっと楽しく歩める場所を作りたい。起業したい方を支援できる場所があれば、共に楽しく事業を進められる。そんな思いが、レンタルスペース JIN-TANO(ジンタノ)という形になっていった。

興味深いのは、この事業を始めるにあたって神谷氏が誰にも相談しなかったことだ。家族にも従業員にも告げず、静かに準備を進めた。完成した時、周囲は驚きを隠せなかったという。しかし神谷氏の中には、明確な確信があった。

「田舎だからと諦めるのではなく、都市部でも地方でも、何かを始めたいという人の気持ちは同じです。場所さえあれば、やる気のある方が集まる」。彼のこの言葉は、地方創生の本質を突いている。問題は場所ではなく、機会の有無なのだ。

最初の賛同者は、偶然の出会いから生まれた。マルシェを主催していた石川氏が、市役所でふるさと納税の手続きをした際、担当者がジンタノを紹介したのだ。その日のうちに石川氏は現地を訪れ、「こんな場所が欲しかった」と即座に利用を決めた。行政職員の何気ない一言が、新しいビジネスの種を育てる土壌となった瞬間だった。

神谷氏が強調するのは、「小さく始める」ことの重要性だ。「小さく始めて、小さな失敗を繰り返しながら前進すれば、必ず道は開けます」。この哲学は、彼自身の16回にわたる起業経験から導き出されたものだ。大きな資本も、完璧な計画も必要ない。小資本で、短期間で、少人数で試してみる。その繰り返しの中に、本当の成功への道があるのだと。

ジンタノという名前の由来について尋ねると、神谷氏は穏やかに微笑んだ。詳細は語らなかったが、この場所が「人の縁(えにし)」を大切にする場であることは、その後の対話の中で十分に理解できた。

高浜市という地方都市で、サラリーマンの比率が年々増加している現実を、神谷氏は危機感を持って見つめていた。「新しい産業が生まれないことが問題です。新しいアイデアで新しい商売が生まれなければ、地域も国も活性化しません」。会社員という安定した働き方を否定するのではない。しかし、それだけでは地域の経済は循環しない。新しい挑戦をする人々が生まれ続けることが、地域の持続可能性を支えるのだという考えだ。

空き家という地域の課題を、起業支援という別の課題解決の手段に変える。空き家活用 という神谷氏のアプローチは、まさに地方創生の理想形だった。建築業者としての知識と技術、起業家としての経験、そして何より人を信じる力。これらが融合して、ジンタノという唯一無二の場所が誕生したのだ。

山口剛

Point of View

内装業に長年携わってきた私にとって、神谷氏の取り組みは新鮮な驚きだった。建築業者が単なる「場所の提供者」に留まらず、起業家の伴走者となる。これは従来の不動産ビジネスの枠を大きく超えている。特に印象的だったのは、失敗を恐れず16回も事業に挑戦してきた経験が、支援の質を高めているという点だ。理論ではなく、実践知に基づいた支援。これこそが地方に必要なものではないだろうか。

起業の為の要点を提言する

「好き」と「得意」だけでは続かない|財務・顧客視点・数字管理を伴走支援する起業家育成メソッド

ジンタノを訪れる起業家たちは、皆一様にポジティブでエネルギッシュだ。自分の好きなこと、得意なことを仕事にしたいという熱意に満ちている。しかし神谷氏は、その情熱だけでは事業は続かないことを知っている。

「得意なことと好きなことの二つの軸だけでは、必ず限界が来ます」と神谷氏は語った。数々の起業経験が教えてくれたのは、情熱と同じくらい、いや時にはそれ以上に「大事なこと」が存在するということだ。その「大事なこと」とは何か。それは採算性であり、集客方法であり、顧客視点であり、そして何より数字を把握する力だった。

印象的なエピソードがある。この地区でスイーツカフェを開きたいという方がジンタノに来た時のことだ。神谷氏は優しく、しかし明確に問いかけたという。「スイーツカフェもいいけれど、この地域でスイーツカフェを求めている方がどれだけいるでしょうか。実際には昼食を求めている方の方が多いのでは」。自分のやりたいことと、顧客が求めていることのギャップ。これに気づけるかどうかが、事業の成否を分ける。

別の事例では、タコスの試食会を開催した方がいた。お客様が来ているのに、その方は自分が作ったタコスばかりを見ていて、お客様の表情や反応を見ていなかったという。「飲食業で最も大切なのはお客様を見ることです」と神谷氏は指摘した。商品への愛情は大切だが、それ以上に顧客への関心が必要なのだ。

さらに神谷氏が徹底しているのは、数字管理の重要性だ。ある利用者に月次の売上一覧表の提出を依頼したところ、そもそも作成していなかったという。売上を毎日記録せず、原価も把握していない。「商売をやっているのか、遊んでいるのか」。神谷氏の言葉は厳しいが、その背景には深い愛情がある。

「数字は全世界共通の言語です」と神谷氏は言う。英語でも日本語でもなく、ビジネスの基礎言語は数字だ。売上、原価、利益、販売管理費。これらの数字を把握せずに事業を続けることは、地図を持たずに航海するようなものだ。神谷氏が利用者に求めるのは、この基本中の基本だった。

興味深いのは、神谷氏が「マーケティング」や「戦略」といった言葉をあえて使わないことだ。「うちに来る起業家の方々に5W1Hや戦略という言葉を使っても伝わりません。皆さん一気に引いてしまいます」。だからこそ、具体的で分かりやすい言葉で、一人ひとりに寄り添いながら伝えていく。世のコンサルタントのような華やかなプレゼンテーションではなく、地に足のついた対話。それが神谷氏の方法論だった。

実際、神谷氏が行っているのは、本質的には事業戦略の策定支援だ。なぜこの事業をやるのかというビジョン、1年後3年後の方針、自分の強みと弱みの分析、製品企画、流通チャンネルの設計。これらを利用者の状況に合わせてカスタマイズし、段階的に提示していく。まさに経営コンサルタントの仕事そのものだが、神谷氏はそれを「宿題」という形で、自然に、優しく提供している。

財務面のサポートも手厚い。利用者の財務状況を確認し、売上・利益・販売管理費を客観的に分析した上で、「これだったら続けられる」「これだったら見直した方がいい」と判断を示す。時には厳しい言葉もあるが、それは利用者の未来を本気で考えているからこそだ。

神谷氏が絶対にしないことがある。それは起業を無理に進めることだ。「早すぎることはあっても、遅すぎることはありません。本人がやりたい時にやりたいことをするのが最も幸せです」。準備が整わないまま資金を投入し、課題を解決せずに前進する。そうした性急さを、神谷氏は決して勧めない。

好きなことだけで進めば、早く限界が来る。しかし大事なことを一つひとつ積み重ねていけば、限界は遠退くのだ。動いてみることで自分の弱点や苦手な部分が見えてくる。それを受け入れ、学び、改善していく。ジンタノはそのプロセスを支える場所なのだ。

レンタルスペースやコワーキングスペースは全国に数多く存在する。しかし、ここまで深く、ここまで本質的に起業家を支援する場所は稀だろう。神谷氏が提供しているのは、単なる空間ではない。それは知恵であり、経験であり、時には厳しさを伴った愛情なのだ。

山口剛

Point of View

神谷氏の支援手法を見ていて、私は内装業の本質を考えさせられた。私たちは空間を作るが、その空間で何が行われるかまで責任を持つことは少ない。しかし神谷氏は違う。空間を提供し、そこで育つ事業の質にまでコミットしている。「好き」と「得意」に「大事」を加える。このシンプルだが深い哲学は、あらゆるビジネスに通じる真理ではないだろうか。数字という共通言語を大切にする姿勢も、ビジネスパーソンとして強く共感するものがあった。

起業家が地域社会を面白くする

年商1000万円の卒業生を生み出す仕組み|副業時代の受け皿から地域エコシステムへ

ジンタノの真価は、利用者が「卒業」した後に現れる。昨年は、2件の卒業事例があるという。神谷氏が一つの基準としているのは、年商1000万円だ。「その基礎を作る場所を、ジンタノで提供しています」と彼は語った。

卒業後のサポートも、神谷氏の支援の特徴だ。独立時には物件を紹介し、内装や外装の相談にも応じる。ジンタノで起業準備から伴走してきたからこそ、利用者の事業ドメインを深く理解している。その理解の上に立った施工提案は、通常の内装業者には提供できない価値だろう。「年商1000万から2000万へと成長できるようサポートしていきたい」という神谷氏の言葉には、卒業生への継続的な関心が表れていた。

ジンタノの強みは、空き家をカスタマイズしたノウハウにある。神谷氏自身がDIYで施設の5割以上を整備してきた経験が、卒業生への具体的なアドバイスを可能にしている。「自分でできることは自分で、プロに任せるべきことはプロに。その区分けを提供できます」。限られた予算の中で最大の効果を生み出す方法を、神谷氏は実践的に教えることができるのだ。

この地域にはレンタルスペースやレンタルオフィスがほとんどない。あっても狭く、利用しづらい。ジンタノは24時間利用可能で、個室から25人収容のセミナールームまで、用途に応じて選べる。テーブルや椅子のレイアウトも自由に変更でき、キャンドルイベント、お茶会、婚活イベント、忘年会、女子会、撮影、結婚パーティーまで、多様な用途で使われている。実際、安城市や西尾市といった周辺地域からも利用者が訪れるという。この自由度の高さが、ジンタノの比較優位性を生み出している。

神谷氏が注目しているのは、副業・複業という働き方の潮流だ。「副業や得意なことを収入に変えるトレンドは確実にあります」。一つの会社、一つの給料ではなく、複数の収入源を持つ生き方。それが社会的に認められれば、ジンタノのような場所の需要はさらに高まるだろう。実際、利用者の中には明確に本業と副業を分けていない人も多い。卒業していった2社も、副業として始めたことが本業になった。その境界は曖昧で、流動的だ。

ジンタノの社会的意義は、起業支援だけに留まらない。障害を持ち不登校だった中学生が、レンタルキッチンでお菓子作りをして社会性を身につけた事例がある。また、40年間教師を務めた方が「止まり木」という相談事業を展開し、発達障害や鬱など様々な悩みを抱える人々の受け皿となっている。「話すことで、解決の糸口を見つけられる方が多いです」と神谷氏は言う。

行政や医療の支援は確かに存在する。しかし、その枠組みから外れてしまう人々がいる。止まり木の島田先生は、どこからも支援を受けず、自由度高く活動している。「行政が手の届かない部分、各種支援からはみ出た方のサポートをされています」。この自由度の高さが、ジンタノとの親和性を生んでいる。

神谷氏の視点は、地域エコシステムの構築にまで及んでいる。行政、企業、個人といった固定的な枠組みを超えて、地域社会を支える有機的なつながり。ジンタノはまさにその結節点となっている。場所貸しであり、知恵貸しであり、スキル貸しでもある。様々な機能が重層的に絡み合い、一つの生命体のように動いている。

今後1年の計画について、神谷氏は具体的なビジョンを語った。ジンタノでスモールスタートした方に、高浜市内の空き家を紹介し、起業を提案する。カフェ開業を希望する方の開業を支援する。地域の輪を広げ、レンタルオフィスを増やす。そして何より、毎週末何かイベントが行われている場所にしたいという。「ジンタノに行けば必ず何かが見つかる」。そんなイメージを地域に定着させたいのだ。

年間の卒業目標は2〜3社。「地方都市の感覚では、3社あれば大成功です」と神谷氏は言う。現在の利用者は約50名。その中から年間2〜3件の起業が生まれる。一見控えめな数字に思えるかもしれないが、これが10年続けば20〜30社になる。地方都市において、それは決して小さなインパクトではない。

ジンタノで開催されるマルシェには2日間で約400名が訪れる。「物事を始めたい方に『やりたい』『やれそうだ』という感覚を持っていただけています」。この感覚の連鎖が、地域を少しずつ変えていく。新しい産業が生まれ、新しい挑戦が始まり、地域が活性化する。神谷氏が目指しているのは、そういう持続可能な循環なのだ。

今後は、卒業生や利用者のインタビュー企画やトークセッションも計画している。起業を検討している方々に、リアルな体験を共有する機会を提供する。「大事なことが何かを知ることで、多くの方が一歩を踏み出せるようになります」。成功体験の共有が、次の挑戦者を生む。その好循環を、神谷氏は着実に作り上げようとしている。

山口剛

Point of View

神谷氏の取り組みを俯瞰して見えてくるのは、単なるビジネスモデルを超えた「生態系」の構築だ。起業支援、社会的包摂、地域活性化。これらが有機的につながり、一つの循環を生み出している。内装業という仕事柄、私は多くの店舗や事業所の立ち上げに関わってきた。しかし、その後の伴走まで視野に入れた支援は稀だ。年間2〜3社という目標も、派手さはないが持続可能性がある。地方創生の本質は、こうした地道な積み重ねにこそあるのだと、神谷氏の話を聞いて改めて感じた。

編集後記

地方都市で事業を営む多くの方が、神谷氏と同じ想いを抱いているのではないだろうか。このままでは地域が衰退してしまうという危機感、しかし何から始めればいいのか分からないという戸惑い。神谷氏の実践は、その答えの一つを示している。大きな資本も華やかな計画も必要ない。小さく始め、失敗を恐れず、目の前の一人に真摯に向き合う。その積み重ねが、やがて地域を変える大きな力になる。あなたの町にも、きっと同じ可能性が眠っているはずだ。

山口 剛 株式会社遠藤紙店

Author:山口剛

プロフィール

## 活動概要

山梨県出身。家業である壁紙卸売業を継承しながら、壁紙専門店「WALLPAPER STORE」のウェブ編集者として従事。幼少期より壁紙という素材に親しみ、成人後にその真の魅力を認識。「空間を一変させる壁紙の力」に感銘を受け、家業の発展とともにインテリア業界における新たな事業展開を開始した。

「WALLPAPER STORE」においては、壁紙の魅力をより広範囲の顧客層に訴求するため、ウェブサイトおよびSNSを通じた情報発信を担当。DIY愛好家のチームメンバー、ならびに施主の要望と生活様式に寄り添いながらインテリア空間を共創する「ウォールスタイリスト」と連携し、初心者にも取り組みやすいアイデアをブログおよび各種コンテンツを通じて提供している。

## 経歴

1983年、山梨県甲府市生まれ。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)卒業後、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に新卒入社。事業企画部門において、中期経営計画の策定、予算管理、プロジェクトマネジメント等に従事。関連会社の統合、事業譲渡、合弁会社設立等、多岐にわたる企業戦略業務に携わり、豊富な実務経験を蓄積した。

## 個人について

家族との時間を大切にし、週末は息子のサッカー活動に積極的に参加している。また、浦和レッズの熱心なサポーターとして、週末のテレビ観戦を楽しみとしている。




サンフット施工の未来 〜北三突板シートの現場貼りから倉庫施工(オフサイト施工)への転換点

自然素材のサンフットの施工イメージ

『サンフット突板シート施工の革新〜現場貼りの限界を超える新時代の内装工法』

内装業界の革新を追うけの蒸し暑い午後だった。サンフット という特殊な 突板シート の施工現場を取材するためである。この素材が内装業界にもたらす変化を、私は数年来追い続けてきた。現場での限界を超え、倉庫での施工にシフトする動きは、単なる技術的な転換を超えて、業界全体の構造変化を予感させるものだった。

北三視察の様子

関連記事「サンフットでお馴染み、北三視察」はこちらからご覧ください。

北三株式会社が手掛ける高級内装材「サンフット」。創業101年を迎える老舗企業が、いかにして現代のニーズに応え、高品質な天然木材を提供し続けているのか。

サンフットを倉庫で貼って納品する

現場から倉庫へ – パラダイムシフトの始まり

~ 現場貼りの限界と新たな可能性 ~
相互建装の木本氏との対話は、業界の現実を如実に映し出していた。 突板貼り という繊細な作業が、なぜ現場では困難なのか。その根本的な問題は、単純に技術的な難しさだけではなかった。
「突板って、現場で貼ろうとしても、実際のスペースが確保できなかったり、他業種と被ったりして作業できないことが多い」と木本氏は語る。現場の混雑、工程の重複、そして突板という素材の特性が重なり合って、従来の現場施工では限界があることが明らかになってきた。
私が取材を重ねる中で見えてきたのは、この問題が業界全体の構造的な課題であるということだった。ゼネコンから下請けまで、誰もが「貼れる人がいない」「現場で貼る場所がない」という同じ悩みを抱えている。
木本氏の会社が提供する倉庫施工サービスは、そうした現場の切実なニーズから生まれた解決策だった。「現場で『貼れませんねぇ』って話になったとき、スマホでパッと見せて『プレカット ではないですが、うちの倉庫でこういうふうにやってますよ』って案内できますから」という木本氏の言葉に、新しい時代の到来を感じた。
現状では確かに現場貼りがメインストリームだが、私は今後5年から10年の間に、貼ってから納品する方式(オフサイト施工)が主流になると予測している。それは単なる技術的な進歩ではなく、業界全体の 働き方改革 につながる大きな変化になるはずだ。

山口剛

Point of View

「倉庫での施工が標準化されれば、内装業界は確実に変わる。現場の制約から解放された職人たちが、本来の技術力を発揮できる環境が整うのだ。これは業界にとって大きな転換点になるだろう。」

専用の倉庫から職人が貼ったサンフットを出荷

人材育成と世代継承の新しいかたち

~ 若手育成 の戦略化と高齢化対策~
私が最も注目しているのは、このシフトが人材育成に与える影響である。現場での突板貼りは、環境の不確定要素が多すぎて、若手の見習い期間が長期化する傾向にあった。しかし、倉庫という管理された環境では、その問題が劇的に改善される可能性がある。価格の高い高級な仕上げ材を扱う業種においては特に顕著だろう。
「倉庫なら温度も湿度も管理しやすいし、何よりスペースが取れる。あと作業する職人さんが突板に慣れているかどうかも重要」と木本氏が説明するように、安定した環境での継続的な作業は、技術習得のスピードを格段に向上させる。
見習い期間の最小化は、若年層の戦力化を早める。従来なら3年かかっていた技術習得が、1年半程度に短縮される可能性もある。これは業界の 人手不足 解消に直結する変化だ。
同時に、 高齢化 が進む職人層にとっても朗報である。現場での重労働から解放され、技術と経験を活かせる環境が提供される。「同じ職人が一貫して作業できる。慣れてる人がやるっていうのは、やっぱり大きいですよ」という木本氏の指摘は、ベテランの 職人の価値 を再認識させるものだった。
体力が衰えても、技術力は衰えない。倉庫施工は、そうしたシニア層の職人たちに新たな活躍の場を提供する。これは単なる雇用延長ではなく、貴重な技術の継承を促進する仕組みでもある。

山口剛

Point of View

「技術は継承されるべきものだ。現場の制約に縛られず、純粋に技術力で勝負できる環境こそが、真の職人を育て、そして活かすことができる。この変化は、業界の人材育成を根本から変えるだろう。」

高齢者や若手の職人の為の働き方改革でもある

自然回帰と業界の未来展望

~工期短縮と品質向上の両立~
倉庫施工のもう一つの大きなメリットは、工期の大幅な短縮である。現場での調整時間、待機時間、やり直しのリスクが大幅に削減されることで、全体のスケジュール管理が格段に向上する。
「貼った後に寝かせる時間って必要なんですけど、現場ではそれが取れない」と木本氏が語るように、突板という素材の特性を活かすためには、十分な時間管理が必要だった。倉庫施工では、そうした工程を適切に管理できるため、結果的に 工期短縮 と品質向上が同時に実現される。
私がこの取材を通じて強く感じたのは、サンフットのような 自然素材 への回帰が、内装業界の本質的な価値を再確認させているということだった。「天然木 の風合いは、どんな印刷技術でも再現できない」という木本氏の言葉は、デジタル化が進む時代だからこそ響く真実である。
相互建装のような企業の躍進は、単なる一企業の成功を超えて、業界全体の方向性を示している。技術革新と伝統技法の融合、効率化と品質向上の両立、そして何より、職人という存在の価値を再定義する動きの象徴なのである。

山口剛

Point of View

「内装業界は今、大きな転換点に立っている。サンフットという素材が示すのは、自然素材への回帰と技術革新の融合だ。相互建装の挑戦は、この業界の未来を明るく照らしている。私たちは確実に新しい時代の扉を開こうとしているのだ。」

相互建装の挑戦を見届けたい

編集後記

如何でしょうか?
現場という制約に挑み、倉庫という新たなフィールドへと舞台を移すサンフットの施工革命。その背後には、ただの技術革新では語りきれない、職人たちの働き方、生き方にまで影響を与える深い変化がありました。
自然素材への敬意と、人の技術が交差するこのシフトは、若手育成の効率化やベテラン職人の活躍の場の再創出など、内装業界の構造を根底から揺さぶるものです。
そして今、私たちはその変化の最前線に立ち会っています。サンフットが示す未来は、単なる施工技術の転換ではなく、「人と技術と素材」が織りなす新しい時代の幕開けなのかもしれません。

山口 剛 株式会社遠藤紙店

Author:山口剛

プロフィール

## 活動概要

山梨県出身。家業である壁紙卸売業を継承しながら、壁紙専門店「WALLPAPER STORE」のウェブ編集者として従事。幼少期より壁紙という素材に親しみ、成人後にその真の魅力を認識。「空間を一変させる壁紙の力」に感銘を受け、家業の発展とともにインテリア業界における新たな事業展開を開始した。

「WALLPAPER STORE」においては、壁紙の魅力をより広範囲の顧客層に訴求するため、ウェブサイトおよびSNSを通じた情報発信を担当。DIY愛好家のチームメンバー、ならびに施主の要望と生活様式に寄り添いながらインテリア空間を共創する「ウォールスタイリスト」と連携し、初心者にも取り組みやすいアイデアをブログおよび各種コンテンツを通じて提供している。

## 経歴

1983年、山梨県甲府市生まれ。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)卒業後、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に新卒入社。事業企画部門において、中期経営計画の策定、予算管理、プロジェクトマネジメント等に従事。関連会社の統合、事業譲渡、合弁会社設立等、多岐にわたる企業戦略業務に携わり、豊富な実務経験を蓄積した。

## 個人について

家族との時間を大切にし、週末は息子のサッカー活動に積極的に参加している。また、浦和レッズの熱心なサポーターとして、週末のテレビ観戦を楽しみとしている。