住環境工事研究会 理事インタビュー|内装業界を変えるリーダーたち

職人の価値を高め、暮らしを豊かに。
内装業の未来を拓く - 山口理事の挑戦
昭和8年創業の内装材卸の三代目として、山梨を拠点に活動する山口氏。
人材サービス業で培った経験を活かし、職人の価値向上と顧客体験の改革に挑んでいる。
NPO住環境工事研究会への参画を契機に、内装業界のDX推進や壁紙事業の新たな可能性を模索。
伝統と革新の双方から「暮らしを豊かにする内装」を目指す。
NPOとの出会い
伊藤 本日はよろしくお願いします。まず、NPOを知ったきっかけからお聞かせください。
山口 当時は業界の課題を整理するために、とにかく情報収集していました。弊社は内装材卸を本業にしているんですが、壁紙を通して市場やエンドユーザーに向き合うなかで、「もっとユーザーファーストな体験が必要だ」と感じていました。そんなとき輸入壁紙の貼り方教室をニュースで見て、「業界の常識とは違う尖った活動をしている人たちがいる」と強く興味を持ったんです。そこから関連団体を徹底的に調べ始めました。
伊藤 なるほど。そこから具体的にNPOとつながったのですね。
山口 はい。2016年にJAPANTEXというインテリアの展示会に行ったんですが、大手メーカーのブースはどこもスーツ姿で名刺交換が中心でした。その中で、NPOの前理事長である壁紙屋本舗の皆さんが、貼り方教室をやっていたんです。コーディネーターをはじめ、来場者が楽しそうに提供していて、正直どの大手ブースよりも活気がありました。その対比を目の当たりにして、「これこそが本来のインテリア体験だ」と強く思ったのを覚えています。
伊藤 単なる展示ではなく、ユーザーが主体になれる空間だったと。
山口 そうですね。壁紙を自分で貼ってみる、体験から楽しさを知る。これがユーザーにとっての最適な入口だと直感しました。そこからさらに調べていくと、この活動を全国規模で展開している団体があることを知り、アポイントを取りました。最初はオブザーバーとして飛び込みで参加したのですが、「ここなら自分の課題意識と重なる」と感じて参画を決めました。
伊藤 出会いは偶然のようでいて、必然だったのかもしれませんね。
山口 まさにそうですね。自分の本業や問題意識と重なる部分が多く、業界の未来に対するヒントを強く感じました。

家業と原体験
伊藤 山口さんはご実家の家業を継いでいらっしゃいますが、原体験について教えていただけますか。
山口 弊社は昭和8年創業の内装問屋で、物心ついた頃から仕事が生活の一部でした。学校から帰ると祖父が襖紙を巻いてお客さんに対応していたり、メーカーの方が集金に来ていたり。小学生のころは、休日でも父が現場に顔を出すことが多く、私も一緒についていきました。だから「仕事と人生は切り離せない」という感覚が自然と染みついていました。
伊藤 幼い頃から業界に触れていたんですね。
山口 そうですね。その一方で大学では人事組織を専攻しました。やはり事業は人で成り立つ、組織の在り方が成果を決めると感じていたからです。父からは「まったく違う業界に行け」と言われ、人材サービス会社(現パーソル、当時インテリジェンス)に入社しました。そこで新規事業に携わった経験が、自分にとって大きな糧になっています。
伊藤 家業に戻られたのはどんな経緯ですか。
山口 人材会社で新規事業をやり切った頃、父から「跡を継ぐなら新しい風を吹かせ」と言われました。そこで改めて家業に戻りました。ただ単に事業を引き継ぐのではなく、社会に役立つ形でアップデートすることが自分の使命だと思ったんです。
伊藤 その後、壁紙に注力する方向へ?
山口 はい。内装の世界は職人さんなくして成り立ちません。壁紙は半製品で、職人の手によって初めて完成する。だから職人の価値をどう高めるかが最大のテーマでした。ところが現実は、価格競争の中で職人の仕事がコスト削減の対象にされ、スキルが「切り売り」されるような状況でした。
伊藤 その課題感が今の取り組みにつながっているのですね。
山口 そうです。父と仕事をしていた職人さんから「飯を食わせてもらっている」と言われましたが、むしろ私のほうが職人さんに生かされてきた。だからこそ職人の地位を高めたいと思い、雇用スキームや育成の仕組みを整えました。人材サービスで培ったノウハウを活かして、地元で新しい形の施工サービスを展開してきたのがこの数年です。

壁紙・職人・事業への想い
伊藤 ここ数年は特に壁紙に力を入れてこられたと伺いました。
山口 はい。最初は「貼り方教室」から始まりましたが、やはり業界全体がユーザーファーストに変わらない現実を痛感しました。そこで、素敵な壁紙をどうすればユーザーの手元に最適な形で届けられるかを考え、ウェブサービスを含めた新しい取り組みを始めたんです。
伊藤 なるほど。ユーザー体験をどう良くするかを重視されているんですね。
山口 そうですね。壁紙は完成品ではなく、職人の技術で初めて価値が形になる「半製品」です。だから施工の現場を無視しては成り立ちません。ところが現状は価格競争が激しく、職人さんのスキルが正当に評価されていない。業界の中で最も削減対象になっているのが施工費用なんです。私はそこを変えたいと思いました。
伊藤 職人さんの地位を高める、ということですね。
山口 はい。父と一緒に仕事をしていた職人さんが「遠藤紙店に飯を食わせてもらっている」と言っていましたが、実際は逆で、私たちが職人さんに支えられてきたんです。だから、職人さんが安心して働け、誇りを持てる環境を整えることが社会に対する自分の役割だと考えました。具体的には、職人を社員として迎える仕組みを作ったり、労務や支払いをしっかり管理して一人親方では難しい部分をカバーしたりしました。
伊藤 卸や工事店、ショップ、それぞれの事業としてはどう展開されているのでしょうか。
山口 工事店としては、職人が力を発揮できる環境づくりです。特に一般的な壁紙施工(中級品や量産品)を支える基盤として、安定的に仕事ができる仕組みを整えました。ショップとしては2016年に実店舗を開き、地元で啓蒙を進めてきました。壁紙を体験して「人生が豊かになった」と言ってくださる方が多く、この価値をもっと広げたいと考え、今はウェブにも力を入れています。卸としては、人口減や新築着工数の減少、職人不足といった地域特有の課題に対応し、社員が成長できるような組織改革を進めています。
伊藤 3つの事業を通して、一貫して「職人とユーザー体験」を軸にされているのがよく分かります。
山口 その通りです。すべては「ユーザーの暮らしを豊かにすること」と「職人の職業価値を高めること」。この2つが両輪だと思っています。

WALPAとの出会い
伊藤 お話を伺っていると、WALPAの存在も山口さんにとって大きな刺激になったようですね。
山口 そうですね。家業に戻る時に父から「新しい風を吹かせ」と言われていました。その「新しい風」とは何かを模索していたとき、輸入壁紙に特化したWALPAの存在を知ったんです。当時、渋谷・桜丘に実店舗を出されていて、飛び込みで見に行きました。
伊藤 初めて訪れた時はどんな印象でしたか。
山口 フランスのブランド「コジエル」の壁紙を紹介され、トイレットペーパー柄の壁紙をトイレに貼るなど、遊び心とデザイン性が融合していました。壁紙が建材ではなく、ファッションやアパレルのように楽しめるものだと知り、強い衝撃を受けました。DIYでも扱えるという点も大きな発見でしたね。「壁紙ってここまで自由で面白い」と心が震えました。
伊藤 確かに、見本帳の小さなチップから選ぶのとは全く違う体験ですね。
山口 おっしゃる通りです。日本では「この中から選んでください」と白い壁紙チップを渡されるのが一般的。でもそれはユーザーからすると、違いも分かりづらいし、楽しくない。WALPAの店舗はまるでブティックのようで、自分の趣味や個性を反映できる場所でした。「自分らしい空間を選ぶ」体験は、まるで服を選ぶのと同じ喜びがある。私はその姿勢に感銘を受けましたし、今も同じような事業領域を展開しています。
伊藤 一般のお客さんも、その体験に驚くのではないですか。
山口 はい。今でも「こんな壁紙があるなんて知らなかった」「すごく楽しかった」という声をいただきます。まだまだ日本では壁紙の選び方が知られていません。だからこそ認知を広げ、買い方や楽しみ方を変えていく必要があると強く感じています。

未来展望とDX
伊藤 これからの業界は分業から統合へ向かうと感じていますが、山口さんはどう考えていますか。
山口 おっしゃる通りだと思います。今はコーディネーターが壁紙を決め、工事店が施工し、問屋が流通を担うという分業体制ですが、本当にユーザーファーストなのか疑問です。将来は「選ぶこと」と「施工すること」を統合する仕組みが必要だと考えています。
伊藤 具体的にはどのような取り組みを?
山口 一つはウェブ体験です。実店舗で壁紙を選ぶ喜びをオンラインでも再現する仕組みを用意し、ユーザー数も増えています。もう一つは施工。DIYには限界があり、高価でデザイン性の高い壁紙ほど職人の腕が必要です。ただ現状、職人さんは「難しい壁紙は貼りたくない」と考える方も多い。だから人材サービスで培ったノウハウを活かし、職人の育成や雇用管理を新しい形で行い、安心して施工に臨める環境を作りたいと考えています。
伊藤 つまり「選ぶ」と「施工」をつなぐのが目標なんですね。
山口 はい。その両輪を統合し、壁紙を選ぶこと自体が暮らしを豊かにする体験になるようにしたいんです。結果的に「お気に入りの空間で人生が豊かになる人」を増やすことが目標です。
伊藤 その実現のために今どんな工夫を?
山口 一人では何もできません。共感してくれる仲間を増やし、NPOの社長仲間や社内外のパートナーとチームで成長していきたいと思っています。DXやAIは答えが決まっている世界ではありません。小さな単位で試行錯誤し、期待値を超える成果を積み重ねる。その先にユーザーの「暮らしが豊かになった」という声があり、社員やパートナーの成長もある。そこを経営者として果たしたいと思っています。
伊藤 建築業界はDXが遅れている印象ですが、その点は?
山口 確かに建築業界はITを「道具」としか捉えていないケースが多いです。「新しい工具があるから取り入れる」という感覚で、事業の核にはなっていない。でも本来DXはコアコンピタンスであるべきです。私たちはそこを事業の中心に据え、社員も前向きに学びながら新しい価値を生み出しています。

NPOへの想い・恩送り
伊藤 最後に、NPO法人住環境工事研究会に対する想いをお聞かせください。
山口 一番大きいのは「本音で語り合える仲間がいる」ということです。経営者は孤独になりがちですが、この会では悩みも失敗も率直に共有できる。毎月の理事会では刺激や学びが多く、自社に持ち帰って試すきっかけになります。だから参加するたびに棚卸しができ、次の一歩につながるんです。
伊藤 他の経営者団体と違う点はどこにあると思いますか。
山口 この会は「商売相手」ではなく「一経営者」として向き合う場です。利害関係やマウントの取り合いがなく、裸の自分でいられる。だからこそ辛辣な意見ももらえるし、心から拍手を送り合える。失敗を恐れず挑戦できる安心感があるのは、この会の大きな特徴ですね。
伊藤 チャレンジ精神を後押しする環境ということですね。
山口 そうです。事業を志高くやれば失敗も増えます。でもこの会ではそれを責めるのではなく、「次につなげよう」と激励してくれる。その前向きな空気が自分を支えています。まさに「PKを外すのは蹴る勇気を持った者だけ」というバッジョの言葉のように、挑戦する人を尊重する文化があります。
伊藤 山口さんご自身の姿勢も「恩送り」という言葉で表現されていましたね。
山口 はい。人材サービス時代に役員の方々から多くのチャンスをもらい、成長することができました。その恩を返すのではなく、次の人へ送るのが自分の信念です。社員やパートナー、NPOの仲間たちに、自分が得た学びや機会を渡していきたい。そうすれば業界全体が底上げされると思っています。
伊藤 このページを見ている方へ最後にメッセージをお願いします。
山口 内装業には本当に面白い人たちがたくさんいます。このページを見て「面白そうだな」「共鳴できそうだ」と思ったら、ぜひ一度会ってほしい。私自身もデスクトップリサーチから始まり、飛び込みでNPOに参加しました。そのときの出会いが今の活動につながっています。だからこそ、新しい仲間と一緒に業界を盛り上げていきたい。そういう気持ちで日々活動しています。
編集後記
山口さんの言葉を辿ると、家業への誇りと業界への課題意識が自然と重なり合っていることに気づく。壁紙を「建材」ではなく「暮らしを豊かにする体験」として語る姿には、時代を超えて受け継がれる使命感があった。職人とユーザー、両者を大切にする眼差しは、この業界に新しい風を吹き込む予感を強くさせる。

Author:山口剛
プロフィール
## 活動概要
山梨県出身。家業である壁紙卸売業を継承しながら、壁紙専門店「WALLPAPER STORE」のウェブ編集者として従事。幼少期より壁紙という素材に親しみ、成人後にその真の魅力を認識。「空間を一変させる壁紙の力」に感銘を受け、家業の発展とともにインテリア業界における新たな事業展開を開始した。
「WALLPAPER STORE」においては、壁紙の魅力をより広範囲の顧客層に訴求するため、ウェブサイトおよびSNSを通じた情報発信を担当。DIY愛好家のチームメンバー、ならびに施主の要望と生活様式に寄り添いながらインテリア空間を共創する「ウォールスタイリスト」と連携し、初心者にも取り組みやすいアイデアをブログおよび各種コンテンツを通じて提供している。
## 経歴
1983年、山梨県甲府市生まれ。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)卒業後、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に新卒入社。事業企画部門において、中期経営計画の策定、予算管理、プロジェクトマネジメント等に従事。関連会社の統合、事業譲渡、合弁会社設立等、多岐にわたる企業戦略業務に携わり、豊富な実務経験を蓄積した。
## 個人について
家族との時間を大切にし、週末は息子のサッカー活動に積極的に参加している。また、浦和レッズの熱心なサポーターとして、週末のテレビ観戦を楽しみとしている。